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恋路の果てに(十六)

「新婚旅行は『箱根』にしましょ?」


 笑顔で朱美に言われては、冗談かも判らない。

 箱根は良い所だ。温泉も良い。ごはんも美味しい。しかしそこへ『新婚旅行』でとは。一体いつの時代の流行なのか。

 それに箱根には、子供の頃から何度も行っているではないか。お互いの思い出を、話したことだって、二度や三度ではない。

 それだけ行っている場所なのに。何故にまた新婚旅行で。


 徹の疑問はもっともである。それは朱美にも判った。だから、首を傾げて黙っている徹に、朱美が提案する。


「富士屋ホテルなんてどう? 知ってる?」

 言われて徹はピンと来た。ホテルなのに日本建築っぽい造り。由緒あるクラシックホテルだ。

「あれでしょ? えーっと、宮ノ下だっけ? 箱根を登っている途中にある、高そうなホテルでしょ?」

「そうそう。泊ったことある?」

 悪戯っぽい目で迫る。そう。朱美は徹の家が『お金持ち』なのを知っている。


「ないよ。そっちは?」

 素っ気ない答え。そして徹は朱美に言い返す。徹も朱美の実家が『お金持ち』なのを知っている。

「ないわよ?」

 首を傾げて答える朱美。徹の顔は何故か『ほらぁ』である。


「じゃぁ。そこにしましょうよ!」

 朱美はポンと手を叩き、まるでそれで決定のようだ。

「えー。箱根に保養所あるのにぃ? 高いホテルに泊まるの?」

 徹にとって箱根の思い出は、保養所を基本として成立しているようだ。

「私だって別荘があるのに、行こうって言っているのよ?」

 朱美の方は別荘だった。多分こっちの方が『お金の掛かる』女であるに違いない。

 そこまで言われて、徹は黙る。多分予約はこっちの仕事だろう。しかし、『もう決定』とばかりに喜んでいる朱美の顔を見て、徹の気持ちも固まった。

「良いよ。じゃぁそうしよう」

「ありがとう。それじゃぁねぇ」

 朱美がそう言って真顔になり、考え始める。徹は黙って見守っていた。きっと『良い考え』の最中だ。邪魔をしてはいけないだろう。


「二泊三日にしましょ。それで、クラッシックカー用意して貰って、のんびり箱根の観光を楽しみましょう。温泉卵は外せないわねぇ。あっ。海賊船あるでしょ? あれも乗ってみたい!」


 そういう長いお願いをするときは『メモのご用意を』とか、事前に言うものだ。そう簡単に覚えられるものではない。

 それでも徹は、右耳から入った言葉を、右目で二回転、左目で二回転させて減速させると、海馬から前頭葉に押し込んで記憶した。

 金額の計算は後回しだ。と、そこで徹は、ハタと気が付く。


「クラッシックカーの後ろに、空き缶を付けるのかい?」

「良いわね! 採用!」

 朱美が人差し指をピッと徹に振る。徹の眉毛が八の字になった。

「判ったよ。何とかするよ」


 嘘かホントか。徹が約束をすると、朱美は満面の笑顔に。それを見て、徹は決意を新たにする。

 とりあえず、今日から空き缶を集めよう。


「ところで宿代は、俺が……」

 そう言い掛けて徹は言葉に詰まる。フロントに表示されていた『現金のみ』の表示を思い出したからだ。

「現金、持ってないんでしょ?」

「うっ、うん」

 朱美に笑顔で言われてしまっては、返す言葉がない。


「ここは私が払っておくから、『次は』お願いねっ」


 朱美の目がチラリと外を指した。その方向にあるのは暗闇だけだ。

 しかし人間は不思議なもので、例え地下室に居ても、何となく『北の方角』は判るものだ。

 それに従うと、朱美の目が指しているのは『西の方角』である。


「えぇっ! 絶対高いよぅ」

 絶対『富士屋ホテル』のことを示唆していると思った徹は、ガックリと膝から崩れ落ちた。そこに冷静な朱美の声が届く。


「先に帰って良いわよ? 徹は一旦、家に帰るんでしょ?」

 そう言われた徹は、回復力が強い。直ぐに立ち上がって、朱美に何度もお辞儀をした。それは、お礼だかお願いだか判らんが、とにかく朱美は笑いっぱなしである。


 徹は朱美の笑顔に見送られて『ラストチャンス』を後にした。

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