恋路の果てに(十五)
二人共着替えを済ませ、後はチェックアウトするだけだ。
「さっきの服の方が、可愛かったのに」
そう言う徹は、当たり障りのない服である。
「会社に行くんだから。当たり前でしょう?」
そう言って『クルン』と回って見せる。徹は思う。
さっきのが百点だとすると、今のは八点か。スカートの丈は長いし、袖も長い。可愛いリボンもないではないか。
いやいや。それは申し訳ない。やっぱり九点かな。
もちろん、十点満点での話だ。
それでも朱美が『色目』を使って徹を見つめると、スカートの裾を持って引き揚げる仕草をする。たったそれだけで、徹の採点もドンドン上がって行くではないか。
やはり男が付ける点数なんて、実にいい加減なものである。
朱美がスカートの裾からパッと手を離すと、スカートが膝上から定位置まで落ちて行く。
徹が、あからさまに残念そうな顔をして、机上のスマホを取りに行った。
一方の朱美は笑いながら、そのまま窓の所へ歩いて行く。そして、また少しカーテンを開けて外を眺める。
そこへ再び、徹がやってくる。
「何を見ているの?」
徹には『暗闇の廃墟』としか見えない街並みである。
「タイムカプセル」
朱美はポツリと答えた。比喩にしては少し違うと思った徹は、少し笑った。
しかし覗き見た朱美の表情は、今までにない硬い表情。デート中に魅せるような、甘い表情ではなかった。
朱美は、自分の部屋の明かりが消えているのを確認した。
きっと少佐は『細工した手紙』を見たに違いない。それでも怪しいと思ったら、次は何をするだろう。
例えば『逃げる』と考えた場合、少佐なら何をするか。考えただけでも恐ろしい。
今は両親を人質にしているようなものだ。逃げられない。
何も知らない弟にだって、被害が及ぶことも考えられる。今は『志願制』なのに、しれっと『技術者だから』と『赤紙』を出すこともできる。
それで『北海道旅行にご招待』とか、笑顔で言いそう。怖い。
「ねえ。新婚旅行、どこに行きたい?」
徹は朱美の表情を和らげようと、軽い気持ちで言っただけだ。
しかしその想いとは真逆の表情になる。『カッ』っと目を見開き、下から徹を鋭く見つめた朱美。徹は驚いて眺めるだけだ。
一瞬訪れた異常な状況に、先に対応したのは朱美だった。
瞳を右右左と三回横に振り、口元を緩ませる。しかし、緩んだのは左側だけで、右側は硬く引きつったままだ。
思わず右目だけ、何度もパチクリしてしまった。
何かを言おうとして口を開けたが、奥歯がガチガチ言うだけで何も言葉は出ない。
首を横に振ろうとしても、硬直しているのか上手く振れない。
短く息をしたが、空気が喉につっかえて肺まで行かないのが判る。
ついに力が抜けて、瞳が上にあがる。と同時に全身の力が抜けて行く。そこで朱美は、徹に支えられていることに気が付く。
直後、唇に温もりを感じて、朱美は心の中で『行先』を呟いた。
「新婚旅行は『近場』で良いわ」
朱美が言葉で行先を呟いたのは、それから十五分後だった。
それを聞いた徹は、不思議そうな顔をする。
「そうなの? 新婚旅行なのに?」
結婚したら、一週間は休暇が取れる。海外だって行けるのに。
「徹は、何処に行きたいの?」
逆に聞かれて、徹は答えに詰まる。
徹は朱美が『喜ぶ所』に行きたかった。自分の希望は特にない。
デート中に聞いた『朱美の海外生活』は、徹にとって『夢の中の話』であったし、朱美自身も『あの頃に戻りたい』と、言っていたではないか。
とても懐かしがる、遠い目をしながら。覚えているよ?
「俺は朱美の『喜ぶ所』に行きたい」
徹はよく考えてそう言ったのだが、朱美は急に笑い出す。
それは真顔で腕を振りながら、『ベッド』を指していたからだ。




