恋路の果てに(十四)
理由は良く判らないが、石井少佐の『優しさ』を垣間見た気がする。井学大尉は、そう思うことにして頷く。
「警告にもなるしな」
「警告? ですか?」
大尉の確認に少佐は頷いた。そして言葉を続ける。
「通信はハガキだけにしろと『厳命』してあったのに。封書なんて使うからだ!」
記念切手をトントンして少佐は言う。
「なるほど。で、あるなら、十分『警告』になりますね」
大尉は大人になってから、手紙自体を書いたことがないので、そんな命令自体があったことなど、すっかり忘れていた。
その間少佐は、腕を組み考えている。
やはり、まだ疑っているのだろう。大事な証拠は、既に焼却してしまったのだが、それを心配する様子はない。
「まぁ、念のため、『X線検査』の結果を確認しに行くか」
どうしても、何かが引っかかるようだ。少佐は歩き出す。
「承知しました」
敬礼して、大尉も後に続く。
指定された郵便番号、石井部隊への郵便物は、直接宛先へ届けられることはない。そういうルールになっている。
一度集められ、『X線検査』を通して中身を確認するのだ。そこで怪しいものがあったらどうなるか?
送り主は勿論、受け取り人にも厳しい『尋問』が待っている。
二人は電気を消し、施錠して朱美の部屋を出た。
待機中のハーフボックスがある。大尉がロックを解除して、少佐を先に案内した。何かを思い出した少佐は、少しだけ渋い顔をして乗り込む。
それを見た大尉は『苦笑い』で乗り込むと、静かにハーフボックスは始動し始めた。
行先は部隊内の通信課である。
「教授は、本当に結婚するんですか?」
大尉が少佐に聞く。
朱美の部屋は、物が少なかった。身辺整理をしたのか。それとも、もう新居に荷物を運んでいるのだろうか。
「あぁ。帝国石油の御曹司とな」
少佐は『ニッ』と笑って大尉の方を向く。
「弓原少尉って、御曹司だったんですか?」
「凄い『おぼっちゃま』なんだぞ?」
言われた大尉は、少尉の姿を思い出す。
しかし最後に見た『ボサボサ頭』が印象に残っているのか、『凛々しい軍服姿』までは、思い出せなかった。
まぁ、仮にだが『イー407』の連中に聞いたとしても、あまり『凛々しい』なんて答える輩はいないだろう。
「そうなんですか。それが、どうして家の部隊から?」
大尉がそれを聞くと、少佐は用心深く周りを見渡した。しかし、誰が聞いていることもない『軍用ハーフボックス』である。
「ガリソン絡みだ」
それでも警戒しているのか。少佐は『必要事項だけ』を短く言った感がある。
大尉にとっても、少佐のその一言は『凄く不思議な一言』に、思えたのだろう。キョトンとした顔をしている。
少佐は、もう一度周りを見渡して、説明を始める。
「ガリソンがな。『家の装備』に、悪さをしているんだ」
小声で言う。そんな少佐の姿は見たことがない。『家の装備』とは、きっと津軽海峡で見た『赤弾』のことだろう。
だからそれを聞いた大尉も、思わず小声になる。
「そうなんですか」
小さく頷く。すると少佐は『素敵な笑顔』になって、大尉に聞く。
「詳しく知りたいか?」
「止めときます」
大尉の返事は早かった。聞かなくても判る。
帝国石油の関係者宅に教授を潜入させ、ガリソンに関する情報を我々に送れと。
そういうことなのだろう。
大尉は大佐を信頼し、敬愛もしてはいる。しかし、まだ、津軽海峡で見た『理不尽な死』を、忘れた訳ではないのだ。
いや、それは一生、忘れることはないだろう。




