試験(五)
駅のホームで、琴美と真里は電車が来るのを待っていた。
亜紀は数分前に、反対側のホームに電車が滑り込んだ後、見えなくなった。
「今日、降るって言ってたっけ?」「さー」
この世界で、降雨の有無はとても重要なのであろうが、琴美にとってはそれ程重要なことにまで昇華してはいなかった。
雨なんて、傘を差せば済む話なのだ。
「降らないといいよねー」「そうだねー」
降らないで欲しいと思っているのは、周りの人も一緒だろう。
しきりに空を見上げ、大きくなる入道雲が何処に向かうのかを気にしている。
やがて電車が来ると、我先に電車の中に走り込む。電車の中なら雨に濡れることがないと判っているからだ。
二人はドアの傍に並んで立つと、走り出した電車の窓から雲が流れていく先を眺める。二人の家のある方向とは少し違う様だ。
それだけで、ホッとしていた。
「雨降りそうだったらさー、琴美の家に泊まっても良い?」
「いいよー」
琴美は咄嗟にそう答えた。断る理由も、気持ちもなかったからだ。しかし答えて、直ぐに困った。
サマートルネードで聞いた『資格』とやらについて、調べなければならない。それも真里に内緒で。
「琴美んちの、今夜のおかずはなーにかなっ?」
「なんだろねー」
無邪気に笑う真里の顔を見て、琴美は直ぐに後悔した。
もし真里が、雨に当ったら死んでしまうのだ。無二の親友が雨に当って死ぬなんて、想像もしたくない。ありえないことだ。
自分の心に引っ掛かる問題と、親友の命を天秤に掛けてしまったことを心の中で詫びた。
「家、ここんところずっとカレーなんだよねー」
「そーなんだ」
真里の家は男の兄弟が多い。だから真里のお母さんは大変だ。
琴美が真里の家に遊びに行くと、琴美はいつも夕食を食べることになった。
『女の子一人分位増えたって大丈夫よ』
そう明るく笑って、真里のお母さんはポンとおなかを叩く。そして振り返った先には、琴美が見たことのないサイズの鍋があった。
「パパが出張前に『カレーが食べたい』って言うからさー、ママ凄い沢山、作ったんだよねー」
「優しいじゃん」
困った様に言う真里の顔を見て琴美は言ったが、それを打ち消すかの様に苦笑いして言った。
「もう三日も朝晩カレーだよー。酷いよねぇ」「それはちょっと」
琴美も合いの手を入れて頷いた。真理は語気を強める。
「リクエストした本人は北海道行っちゃってさー、蟹とかウニとか食べてるに違いないんだよ。あー むかつくー」
「蟹かー。いいなぁ。家のカレーは、この間食べ終わった所だから、カレーだけはないと思う」
琴美は苦笑いしながら、真理に状況を報告した。
琴美の父もカレー好きだが、母はそんな大量に作ったりはしない。その代わり、弁当のおかずにカレーをエントリーするつわものだ。
「あー、カレー以外なら何でもいいや。ジンギスカンでも寿司でも」
真里の頭の中は北海道の名産品で一杯なのだろうか。
「それはない」
琴美は苦笑いのままそのメニューを否定した。
「あー、パスポートないからなー くー、北海道行ってみたいなー」
何気ない言葉に、琴美の表情から苦笑いが消えた。
今日の日本史の第一問目は、『北海道がロシアに割譲されたのは何年か』だったからだ。




