恋路の果てに(十三)
見渡して、おおよそ女性らしくない部屋である。いや、それは偏見であると反省する。
最近は『女性らしい』とか『男性らしい』という言葉は、『禁句』にさえなりつつある。
人を見かけで判断することは、確かによろしくない。
誰でも心の中に『別の人格』、はたまた『別の性別』があっても、それは認めるべきだ。
偉い人が言ったとか、言ったら良いなとか、関係なくだ。
だから『あの人、本当は男性らしいよ?』という言い方は、本人を深く傷つけることになるだろう。
「調べろ!」
石井少佐に言われて、部屋を見渡していた井学大尉は我に返る。慌てて差し出された手紙を受け取ると、大尉も表裏を確認。
何故に少佐がそんなことを言っているのか、直ぐに理由が判った。
「差出人がありませんね」
「弓原少尉で間違いないだろう」
大尉の質問の答えとして、少佐は消印を指さした。
「あっ、なるほど。そう言えば、この封筒だった気がします」
大尉は頷いて答えると、少佐は『そうだろう』と満足げな顔になり、再び笑う。
「これ、未開封ですね。開封しますか?」
この世界でも、刑法第百三十三条は有効な筈だ。
「当然だ」
それでも少佐に躊躇はない。直ぐに指示した。
信書開封罪は『親告罪』。差出人か朱美が、少佐を訴えない限り成立しない。
この場合、どちらも訴えないことは明らかである。
大尉は封書をそっと破き、覗き込むと中の紙を取り出す。封筒を机上に置き、三つ折りにされた手紙を広げた。
手書きの汚い字だ。顔をしかめて少佐の前に差し出す。『一緒に読みましょう』ということだろう。
それを見た少佐も、その手紙を覗き込む。
出張なのにスマホを忘れました。
どこに出張なのかは、帰ってからのお楽しみ!
帰ったら結婚式の式場を探しましょう。
招待状出したり、席順決めたり大変そうですが、
それはそれで楽しみです。
愛してるよ。 弓原 徹
何だか『メール』で済ませるような内容に思えて、二人は顔を見合わせる。もう一度『手紙』を見た。
そして『あぁ。携帯ないのか』に気が付いて、再び二人は顔を見合わせる。しかし念のため、もう一度『手紙』を見た。
「我々は、こんな手紙の為に、追い掛けていたのでしょうか?」
大尉の疑問は、少佐にも良く判る。
「うーむ。秘密は、漏らしては、いないようだな」
残念そうに少佐が言う。少尉の様子を見て、怪しいと思ったのは確かなのに。念のために、もう一度封筒を見る。
消印は本物だろう。調べるまでもない。ちょっと斜めになっている『手癖』や、丸印の右下に『一部欠けている所がある』など、いつも見ている消印と同じだからだ。
「この手紙、どうします?」
大尉が封筒と手紙を持って、少佐に質問する。聞かれた少佐も少しだけ考えて、少佐の少しは三秒なのだが、答えた。
「そんなの『焼却』に決まっているだろう」
証拠隠滅の基本は焼却。そう言わんばかりだ。
「はっ!」
大尉は直ぐに動き出す。台所へ向かうと、ガスの元栓からホースを引っこ抜く。そしてポケットからハンカチを出すと、元栓に手を掛け、振り向いた。
「少佐、行きます! よろしいですか?」
「おいおい! 何をする気だ!」
少佐が慌て出す。両手を前に出し、大尉に近付く。
「勿論、焼却です!」
やる気だ。目を見れば判る。少佐は大尉を落ち着かせようと、前に出した両手を上下に振る。
「ここの防火責任者は、私なんだぞ!」
あっ、そっち? しかし、大尉は手を止め、笑顔で取り繕った。
結局フライパンを勝手に使い、勝手に手紙と封筒を焼く。
「切手だけ、残してあげるんですか?」
大尉は不思議そうに、シンクに置かれた切手を指さした。しかし少佐は、『おいおい』と困った顔をして、何も答えない。
答えは簡単だ。
それは『天皇陛下御在位五十年記念』の、記念切手だったからだ。




