表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/1523

恋路の果てに(十三)

 見渡して、おおよそ女性らしくない部屋である。いや、それは偏見であると反省する。

 最近は『女性らしい』とか『男性らしい』という言葉は、『禁句』にさえなりつつある。

 人を見かけで判断することは、確かによろしくない。

 誰でも心の中に『別の人格』、はたまた『別の性別』があっても、それは認めるべきだ。

 偉い人が言ったとか、言ったら良いなとか、関係なくだ。

 だから『あの人、本当は男性らしいよ?』という言い方は、本人を深く傷つけることになるだろう。


「調べろ!」


 石井少佐に言われて、部屋を見渡していた井学大尉は我に返る。慌てて差し出された手紙を受け取ると、大尉も表裏を確認。

 何故に少佐がそんなことを言っているのか、直ぐに理由が判った。

「差出人がありませんね」

「弓原少尉で間違いないだろう」

 大尉の質問の答えとして、少佐は消印を指さした。

「あっ、なるほど。そう言えば、この封筒だった気がします」

 大尉は頷いて答えると、少佐は『そうだろう』と満足げな顔になり、再び笑う。

「これ、未開封ですね。開封しますか?」

 この世界でも、刑法第百三十三条は有効な筈だ。

「当然だ」

 それでも少佐に躊躇はない。直ぐに指示した。

 信書開封罪は『親告罪』。差出人か朱美が、少佐を訴えない限り成立しない。

 この場合、どちらも訴えないことは明らかである。


 大尉は封書をそっと破き、覗き込むと中の紙を取り出す。封筒を机上に置き、三つ折りにされた手紙を広げた。

 手書きの汚い字だ。顔をしかめて少佐の前に差し出す。『一緒に読みましょう』ということだろう。

 それを見た少佐も、その手紙を覗き込む。


  出張なのにスマホを忘れました。

  どこに出張なのかは、帰ってからのお楽しみ!

  帰ったら結婚式の式場を探しましょう。

  招待状出したり、席順決めたり大変そうですが、

  それはそれで楽しみです。

  愛してるよ。       弓原 徹


 何だか『メール』で済ませるような内容に思えて、二人は顔を見合わせる。もう一度『手紙』を見た。

 そして『あぁ。携帯ないのか』に気が付いて、再び二人は顔を見合わせる。しかし念のため、もう一度『手紙』を見た。


「我々は、こんな手紙の為に、追い掛けていたのでしょうか?」

 大尉の疑問は、少佐にも良く判る。

「うーむ。秘密は、漏らしては、いないようだな」

 残念そうに少佐が言う。少尉の様子を見て、怪しいと思ったのは確かなのに。念のために、もう一度封筒を見る。

 消印は本物だろう。調べるまでもない。ちょっと斜めになっている『手癖』や、丸印の右下に『一部欠けている所がある』など、いつも見ている消印と同じだからだ。


「この手紙、どうします?」

 大尉が封筒と手紙を持って、少佐に質問する。聞かれた少佐も少しだけ考えて、少佐の少しは三秒なのだが、答えた。


「そんなの『焼却』に決まっているだろう」

 証拠隠滅の基本は焼却。そう言わんばかりだ。

「はっ!」

 大尉は直ぐに動き出す。台所へ向かうと、ガスの元栓からホースを引っこ抜く。そしてポケットからハンカチを出すと、元栓に手を掛け、振り向いた。


「少佐、行きます! よろしいですか?」

「おいおい! 何をする気だ!」

 少佐が慌て出す。両手を前に出し、大尉に近付く。

「勿論、焼却です!」

 やる気だ。目を見れば判る。少佐は大尉を落ち着かせようと、前に出した両手を上下に振る。


「ここの防火責任者は、私なんだぞ!」

 あっ、そっち? しかし、大尉は手を止め、笑顔で取り繕った。


 結局フライパンを勝手に使い、勝手に手紙と封筒を焼く。

「切手だけ、残してあげるんですか?」

 大尉は不思議そうに、シンクに置かれた切手を指さした。しかし少佐は、『おいおい』と困った顔をして、何も答えない。

 答えは簡単だ。

 それは『天皇陛下御在位五十年記念』の、記念切手だったからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ