恋路の果てに(十二)
石井少佐と井学大尉の名コンビは、ハーフボックスに乗っていた。
導入当時は『新型エレベータ』として売り出した。キャッチコピーは『新型EV登場!』である。
しかし、ヨーロッパで流行の電気自動車『EV』と混同するため、今の名前に落ち着いた。
今も昔も、ヨーロッパに色々譲るのは、この国の『伝統』と言っても良いだろう。
そんなハーフボックスにも、色々な種類がある。
お金持ちが専用で使う物、会員になると使える物、大きな商業施設が送迎に使う物、これらはお金が掛かる。
あ、商業施設で『一定以上のお買い物をしたら無料』という制度もあるらしいので、良く調べてから予約して欲しい。
それと多いのは、誰でも使える無料の物。これは常にコマーシャルが流れている。
今、二人が乗っているのは、軍用ハーフボックスである。
質素な中にも、重厚で落ち着いた内装。士官が来賓と乗っても、恥ずかしくはない。それに、ヒソヒソ話が漏れることもない。
しかもそれだけではない。安全にも配慮が行き届いている。
防弾処理が施された外壁は、正面はモノコック構造の傾斜装甲。仕様は軍機であるが、一説には『戦車砲』にも耐えるとの噂がある。
屋根にはミサイルの自動迎撃装置である『ファランクス』を二基装備。お陰で上に重ねることができないが、やむを得ない。
そして、死角となる両サイドには、対戦車用の『パンツァーファウスト3』をそれぞれ二丁装備して、万全の備えだ。
そんなハーフボックスで、石井少佐は渋い顔で上を見ていた。まるで『そんな装備がある訳ないだろう』と、言っているかのようだ。
いや違う。彼が今思っているのは、『それよりも空気清浄機を付けるべきだった』である。
なるほど。確かに『専門家』らしい意見である。今度、前向きに検討しよう。
井学大尉の『すかしっぺ』に、あと五分堪え切れたならば。
ハーフボックスの扉が開いて、先ず飛び出したのは井学大尉だ。右手を振りながら石井少佐が続く。
それは、あれから三分後のことだった。丁度朱美が『品川』に到着した頃だ。
「少佐、ココは何処ですか?」
「山崎朱美の部屋だ」
声の調子がおかしい。目をやられたのか、それとも鼻をやられたのか、モゴモゴしてこもった声。あれは、余程強力だったようだ。
「呼び鈴、押しましょうか?」
朱美が『協力者』であると言うことは、井学大尉も知っている。女性の部屋に、しかもこんな時間に『突入』しなくても。そう思っても当然であろう。
しかし、石井少佐の返事は違った。
「あぁ、俺が開ける」
そう言うが早いか、セキュリティーに右目をかざし、左耳をかざした。まるで『自分の部屋』にでも、帰って来たようではないか。
『いらっしゃいませ。お薬手帳はお持ちですか?』
朱美の声がして解錠さた。石井少佐は躊躇なく扉を開ける。まるで話を聞いていない。井学大尉も持参していないが、それに続く。
「登録されているのでありますか?」
「そりゃそうだ」
振り返って笑う。いつもの笑顔だ。井学大尉は頷くしかない。
「そうなんですか?」
朱美は、石井少佐の『女』なのだろうか。そう思って聞く。
「だってココ、家の部隊で借りている所だから」
まるで『責任者なら当然』とでも言う顔。井学大尉は、慌てつつも同意して頷く。
もしかして自分の部屋も出入り自由なのか? そう思いながら。
石井少佐は、靴のまま上がり込む。凄く自然だ。
まるで『海外生活が長かったから』と言訳しそうであるが、それは朱美の方であって、石井少佐は違う。ずっと地元だった。
所謂『捜査』と理解して、井学大尉も靴のままあがり込む。
「こんな所にあったぞ!」
リビングに置かれた食事用の机。そこにチラシと一緒に『茶封筒』があった。まるで興味なく、放り投げられた感もある。
石井少佐はその手紙を手に取った。表の宛先は『山崎朱美様』だ。直ぐにひっくり返して裏面を見る。差出人の住所も名前もない。
しかし『教授』の本名を知っている人間は、限られる。だから何も問題はない。再度表面にして、石井少佐は笑う。
消印に『大湊基地内郵便局』の文字を、見つけたからだ。




