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恋路の果てに(七)

 池袋駅に始発電車が来ると、朝の闘いが始まる。

 まず最初に軽い『椅子取り合戦』があって、その後は『つり革争奪戦』と続き、『ドア横陣占領』『ドア前占領』と続く。


 最後尾車両ならばそれに『車掌室前占領』が加わる。そこに陣取ってドアの方を眺めていると、闘いはまだまだ続いている。

 全く終わる気配がない。何とかして乗り込もうとする輩。既に居場所はないのだが、それでもお構いなしに詰め込んでくる。

 車掌が時計を見ながら叫んでいる声が聞こえる。

『締まります!』

 何度もドアが『小開扉』する。ホームで係員が最後の乗客を何とか押し込むと、車掌に手をあげて『今だ!』と合図。

『締まります! 駆け込み乗車はお止めください!』

 これで一体何度目だろうか。

 車掌の叫び声と共にドアが締まると、電車は池袋を発車した。


 勢いを増した電車は、車掌の車内案内を奏でながら、順調に走行し、『目白』『高田馬場』を十五秒遅れで通過。

 次の『新大久保』で中央線の『大久保』の構内放送が聞こえるかの確認を省略し、定刻で巨大ターミナル『新宿』に滑り込む。


 扉が開くと、押し込められていた乗客が、一気に外へ飛び出して行く。そんなんでも、スマホを見ていて出遅れた最後の一人は、乗り込んで来る乗客達の波に巻き込まれ、再び車内に押し込まれる。

『締まります!』

 再び車掌が声を張り上げている。何とも必死だ。

 その締まりかけた扉に、スマホを見ながら階段を歩いて来た乗客が気が付き、急に走り出して飛び込む。

『締まります! 駆け込み乗車はお止めください!』

 車掌も必死だ。しかし、手伝うことはできない。

 出来るのは、声を掛けることと、締めることだけだからだ。


 新宿駅には魔物が住んでいると言うが、今日もその魔物が現れてしまったようだ。

『中央線のホームで『非常停止ボタン』が扱われました』

 非情なお知らせ。このまま待つしかない。

 車内は段々蒸し暑くなってきて、乗客は汗を掻きだした。僅かな隙間を見つけてコートを脱ぎ、網棚の上に放り投げる。

 そして、両手でつり革を握りしめる。発車に備えるためだ。

『発車します』

 やはり、長い停車の後の発車は、凄く揺れる。開いていれば両手でつり革を、しっかり握っている方が安全だ。


 折角定刻に戻したのに、今度は二分四十五秒遅れでの発車だ。そして、『代々木』を通過しながら、線路は複雑に絡み合う。

 中央線がオーバーパスして行った先をチラリと見ながら、電車は『山の手貨物線』から『山手線』に転線。そのまま内回り線も乗り越えて、外回り線へ。逆方向だが運転手に焦りはない。

 心の信号は常に『進行』なのだ。問題はない。


 車掌だけが驚いて何か叫んでいるが、それはきっと、駅の案内だろう。『代々木!』『原宿!』とコールしても電車は止まらない。

 車掌はその様子に『今のは明治神宮前だったかしら?』と思考するが、決して間違ってはいなかった。

 単に電車が勢いで止まらなかっただけだ。


 次の『渋谷!』の車内放送で、流石に緊急停止する。谷間の渋谷駅に、電車が滑り込む。停止位置はバッチリだ。

 しかし予想に反し、反対側のドアが開いたものだから、そこで『ドア前占領』をしていた乗客は驚くしかない。

 そこへ成す統べなく、夜明けまでセンター街で飲んでいた二日酔い前の酔っ払いに押し込まれる。独特の臭いが凄い。

『締まります! 締まります!』

 一体どこから、こんなに沢山の人が沸いて来るのだろう。

 電車は再び発車した。


 その先は謎だった。早口で『恵比寿!』、山手線とオーバークロスして突き進み、勢い良く『目黒!』。そして溜めてからの『五反田!』。これらの案内を全て無視して電車は通過して行く。

 呆気にとられている車掌を尻目に、再び『山の手貨物線』に転線すると『おぉさぁきぃ!』から『東京総合車両センター』に入線。

 そこでSLの如く給水を行い、バックで再び発車。

 目指すは山手線の終点『しぃなぁがぁわぁぁぁっ!』だ。


 電車は品川駅で乗客全員を降ろして発車した後、留置線で休んでいる。この後、逆回りで池袋を目指すかは、運転手次第だろう。


 朱美は再び『東京総合車両センター』じゃなくて、窓辺に来て水を飲んでいる。

 窓に掛けられたカーテンの隙間から外を覗くと、誰もいない筈の部屋の窓に、ポツンと明かりが点いた。


 きっと朱美の部屋に、石井少佐が来たに違いない。

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