表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
262/1522

恋路の果てに(六)

 小さな看板に小さな字で『ラストチャンス』とだけ書いてある。飲み屋かパチンコ屋か。はたまた怪しい店か。

 徹は一瞬躊躇った。しかし、周りの雰囲気を見て、その考えを改める。周りは廃墟だらけだ。碌な店ではないだろう。


「行くしかない」


 一呼吸して、徹はドア開けた。

 そこは薄暗いロビーのような、待合室のような。きっと昔は『素敵』な所だったのかもしれないが、今は違う。

 それでも『誰か』来るのだろうか。『フロント』と書かれた案内だけが見える。徹はそこへ向かった。


「すいません」

「はい。いらっしゃいませ」

 どうやら営業しているようだ。何の店かは判らない。少しぶっきら棒の男の胸に『住吉』と書かれたネームプレートが見えた。

「あのー、こちらは何のお店なんでしょうか?」

 周りを見渡して聞く。するとフロント係の住吉は、表情を変えずに答える。

「ホテルですよ?」

「そうですか」

「今からお泊りですか?」

 そう言って住吉は、時計を見た。朝の二時ちょっと過ぎ。

「あぁ、えーっと、どうしようかなぁ」

 徹は煮え切らない言葉しか出て来ない。

「チェックアウトは、十時ですが、大丈夫ですか?」

「ですよねぇ」

「十時を過ぎたら、一時間毎に延滞料金を頂きます」

 そう言いながら、宿泊申し込みの紙を取り出した。

「そ、そうなんですか」

 ちらっと料金表を見る。徹はそこに『現金のみ』と大きく書かれているのを見つけてしまった。

 なんとこのご時世にして、現金しか使えないようだ。


「泊まるのは今度にします」

「そうですか」

 住吉は表情を変えず、宿泊名簿を記載する紙を、サッとしまった。そして『他に御用がなければお引き取りを』の圧を掛ける。


「すいません」

「はい。いらっしゃいませ」

 ちょっと前にタイムワープしてしまったようだ。

「あ、すいません、ここで『待ち合わせ』なのですが」

「あぁ。そう言うことですか」

 住吉は頷いた。徹も頷く。そこで二人は黙って見つめ合う。


「あちらで、どうぞ?」

 無表情のまま住吉が、後ろのソファーを指した。徹もそちらの方を向いて頷いた。そこで待つのは問題ないらしい。

 しかし、チェックアウトして来た時ではない。今逢いたいのだ。

「あのぉ、こちらに『山崎さん』は、ご宿泊ですか?」

「いらっしゃいません」

 返事が早かった。しかし、何も見ていないではないか。

「本当ですか?」

「はい。本当です」

「でも、ここで待ち合わせなんです」

 縋るように聞くが、住吉の表情は変わらない。

「では、チェックアウトまで、お待ちになっては如何ですか?」

 そう言われて、徹は時計を見た。いやいや。それは長いでしょ。徹は頭を掻いて悩む。そしてピンと来た。


「731号室ってあります?」

 きっと朱美のことだ、最初の数字がヒントになっていたのだろう。そうだ。そうに違いない。だって住吉の顔が、どんどん困惑の表情に変わっていくではないか。


「うちは五階建てなので、そんな部屋はありませんよ?」


 徹はカクンとズッコケた。困惑の表情は、そういうことか。納得だ。しかし、だとしたら一体。

「じゃぁ、017号室は?」「ありません」

「もしかして、043号室も?」「ありません。何なんですか?」

 住吉が明らかに迷惑そうな顔をしている。確かに今は『ヒマな時間』ではある。しかし金にもならない『変な奴』を相手にする程、ヒマではないのだ。

 しかし徹の方が、本当に困ってしまった。両手で頭を掻きむしる。何なんだこれはっ! 意気消沈して回れ右する。どうやらここまでらしい。『ラストチャンス』を逃したら、もう連絡は取れない。

 いや? パソコンでなら、連絡取れるけど?


「もしかして『教授プロフェッサー』なら、居ます?」

「はい。お泊りです。531号室です」


 住吉は急に笑顔になって、階段の方を指した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ