恋路の果てに(六)
小さな看板に小さな字で『ラストチャンス』とだけ書いてある。飲み屋かパチンコ屋か。はたまた怪しい店か。
徹は一瞬躊躇った。しかし、周りの雰囲気を見て、その考えを改める。周りは廃墟だらけだ。碌な店ではないだろう。
「行くしかない」
一呼吸して、徹はドア開けた。
そこは薄暗いロビーのような、待合室のような。きっと昔は『素敵』な所だったのかもしれないが、今は違う。
それでも『誰か』来るのだろうか。『フロント』と書かれた案内だけが見える。徹はそこへ向かった。
「すいません」
「はい。いらっしゃいませ」
どうやら営業しているようだ。何の店かは判らない。少しぶっきら棒の男の胸に『住吉』と書かれたネームプレートが見えた。
「あのー、こちらは何のお店なんでしょうか?」
周りを見渡して聞く。するとフロント係の住吉は、表情を変えずに答える。
「ホテルですよ?」
「そうですか」
「今からお泊りですか?」
そう言って住吉は、時計を見た。朝の二時ちょっと過ぎ。
「あぁ、えーっと、どうしようかなぁ」
徹は煮え切らない言葉しか出て来ない。
「チェックアウトは、十時ですが、大丈夫ですか?」
「ですよねぇ」
「十時を過ぎたら、一時間毎に延滞料金を頂きます」
そう言いながら、宿泊申し込みの紙を取り出した。
「そ、そうなんですか」
ちらっと料金表を見る。徹はそこに『現金のみ』と大きく書かれているのを見つけてしまった。
なんとこのご時世にして、現金しか使えないようだ。
「泊まるのは今度にします」
「そうですか」
住吉は表情を変えず、宿泊名簿を記載する紙を、サッとしまった。そして『他に御用がなければお引き取りを』の圧を掛ける。
「すいません」
「はい。いらっしゃいませ」
ちょっと前にタイムワープしてしまったようだ。
「あ、すいません、ここで『待ち合わせ』なのですが」
「あぁ。そう言うことですか」
住吉は頷いた。徹も頷く。そこで二人は黙って見つめ合う。
「あちらで、どうぞ?」
無表情のまま住吉が、後ろのソファーを指した。徹もそちらの方を向いて頷いた。そこで待つのは問題ないらしい。
しかし、チェックアウトして来た時ではない。今逢いたいのだ。
「あのぉ、こちらに『山崎さん』は、ご宿泊ですか?」
「いらっしゃいません」
返事が早かった。しかし、何も見ていないではないか。
「本当ですか?」
「はい。本当です」
「でも、ここで待ち合わせなんです」
縋るように聞くが、住吉の表情は変わらない。
「では、チェックアウトまで、お待ちになっては如何ですか?」
そう言われて、徹は時計を見た。いやいや。それは長いでしょ。徹は頭を掻いて悩む。そしてピンと来た。
「731号室ってあります?」
きっと朱美のことだ、最初の数字がヒントになっていたのだろう。そうだ。そうに違いない。だって住吉の顔が、どんどん困惑の表情に変わっていくではないか。
「うちは五階建てなので、そんな部屋はありませんよ?」
徹はカクンとズッコケた。困惑の表情は、そういうことか。納得だ。しかし、だとしたら一体。
「じゃぁ、017号室は?」「ありません」
「もしかして、043号室も?」「ありません。何なんですか?」
住吉が明らかに迷惑そうな顔をしている。確かに今は『ヒマな時間』ではある。しかし金にもならない『変な奴』を相手にする程、ヒマではないのだ。
しかし徹の方が、本当に困ってしまった。両手で頭を掻きむしる。何なんだこれはっ! 意気消沈して回れ右する。どうやらここまでらしい。『ラストチャンス』を逃したら、もう連絡は取れない。
いや? パソコンでなら、連絡取れるけど?
「もしかして『教授』なら、居ます?」
「はい。お泊りです。531号室です」
住吉は急に笑顔になって、階段の方を指した。




