表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
261/1524

恋路の果てに(五)

「もしもし?」

 赤電話の受話器を取り、定型句を言う。電話で『もしもし』と言わなくなって久しいが、何故かその言葉は覚えている。


『どちら様ですか?』


 電話を掛けて来た主の言葉とは思えない。それはこちらが聞きたいことだ。徹は思わず受話器を顔から離して、じっと眺める。

 すると受話器から、今度は大きな声がする。


『もしもし! 田端タバコ店さんですかぁ?』


 受話器を揺らすその言葉は、まるで早口言葉のようだが、列記とした問い合わせである。

 徹は一歩下がって、店の看板を覗き見た。そこにはブリキの古い看板があって、しっかりと『田端タバコ店』と書いてある。

 口をへの字にして、受話器を再び定位置に戻した。


「はい。そうです」


 そう答えたものの、どうして自分が中継しなければならないのか。全く意味不明である。


『よかったぁ。じゃぁ、『若葉』をワンカートン、『ホープ缶』を二つ、そうねぇ。あと『ハイライト』をワンカートンお願い。あぁ、いつものオマケ、『マッチ』も忘れずによろしくねっ』


 女性の高い声。飲み屋のママさん? いや、それより何処の飲み屋だよ。しかも、いつの時代だよ。

 徹は顔をしかめた。受話器の相手に説明をする。


「あのぅ。お店のシャッターは閉まっているのですが?」

『あれ? お店の人じゃないの?』

 向うは非常に驚いている様子ではあるが、それはお互い様だ。


「違います。通りすがりです」

 思わず手を横に振りながら答える徹。

『なぁんで、通りすがりの人が、受話器を取ってるのぉよぉ』

「すいません。何か、何となくで」

 責め立てられ、思わず謝ってしまった。てっきり『朱美からの電話だ』と、徹の第六感が言っていたのだが、全然違ったようだ。


『役に立たないわねぇ。まぁ良いや。じゃぁ、今言った奴、その辺で買って来て。お金は払うから。現金あるでしょ?』

 電話の相手は、徹が謝ったのを良いことに、図々しくもつけ込んで来たようだ。タバコが手に入れば良いのだろう。


「えー、現金なんてないです。それにお店もないですよぉ」

 現金なんて久しく使っていない。それに周りは『廃墟』だらけに見える。何なんだココは? 何なんだこの電話は?

『良いから良いから』

「だから、良くないですってぇ」

 素直に断って電話を切れば良いのに、徹は人が良いのか何とか納得してもらおうと必死だ。

 しかし電話の相手は、そんな徹の説明すら聞く様子もなく、とにかく『買って来い』と押し付けるばかりだ。


『良い? 買ったら、そこから一本入った所にある『ラストチャンス』まで持って来てねぇ。早くねぇ(がちゃ)』


 一方的に電話が切れて、徹はポカーンとしてしまった。

 しかし女性が言った『ラストチャンス』には、当然『聞き覚え』がある。徹は受話器を放り投げる様に置く。ガチャンと音がした。社会人の新人研修なら、講師に酷く怒られるだろう。

 しかし、電話のマナーは、相手の方が酷かった。構うものか。


 それより『一本入った所』と言うのが、どんな意味か判らない。

 多分『道路』のことを言うのだろうが、それを『一本』『二本』と数えるのかは、定かでない。


 何しろ今は、ハーフボックスに乗ってしまえば、迷わず目的地に着いてしまうのだから。

 徹は念のため三本目まで通りを渡り、『ラストチャンス』を探し続けた。しかし、見つからないではないか。

 しかし、諦める訳には行かない。


 タバコ屋を探すつもりは更々ない。

 そもそもタバコ喫まない徹は、銘柄なんて覚えてはいられないのだ。先輩から『キャビン買ってきて』と言われたとき程、意味不明なお使いはない。


 だから『田端タバコ店』も目印でしかない。今度は反対方向に走り出したとき、遠くのビルに小さな明かりを見つけた。


「あった!」

 徹は叫ぶと同時に『ラストチャンス』へ、猛ダッシュを開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ