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恋路の果てに(一)

 殆ど寝ていない。だから自動運転の『ハーフボックス』は助かる。

 時速二百キロで走っていても、安全が確保されているとは、実に有難い。ゆっくり眠るとしよう。


 このハーフボックスは日本製だ。と言うか、日本でしか作られていない。こういうのが多過ぎて、日本は『ハイテクのガラパゴス』なんて言われている。


 弓原徹は隅田川駅で、高速貨物列車『東鱗五号』を下車。

 歩いて国鉄南千住駅に向かい、そこの『エレベータ乗り場』から乗ったのがこの『ハーフボックス』である。


 畳一畳分のスペースに長椅子と、全面展望のように配置されたディスプレイが、外の景色はもちろん好きな画像を映すことが可能だ。

 利用料が無料のハーフボックスは、大抵コマーシャルが流れ続けている。今乗ったのもそうだ。


 しかし徹は既に夢の中。目の前のコマーシャルはもちろん、合間に流れるニュースさえも、全く目にする気配はない。例えそこに、


『イー407・行方不明。

     乗艦名簿に気象省職員・弓原徹氏の名前も』


 と、顔写真付きで伝えていたとしてもだ。


 朝のニュースは連日、帝政ロシアとの戦闘について報道しているのだが、それはもう『そろそろ百二十年にも及ぶ』長い長い戦いのためか、既に『交通事故』と同じ扱いである。


 だから、家族や友人知人や魑魅魍魎に関係がない限り、人々の関心事にはならないだろう。

 日本人は、実に熱し易く、そして冷め易い。


 それでも、ハーフボックスは走り続けている。

 と言っても、走っているのは台車の方で、ハーフボックスに動力はない。

 だから強力な『爪』で、台車にがっちりと固定されているだけだ。


 時に行先が同じハーフボックス同士は、同じ台車に載せられて効率良く運ばれる。


 全ての台車と各種ボックスは、コンピュータの管理下にある。予約された行先情報と、かつてのタクシーのような『流しの台車』の情報を突合し、最適な運用を導くのだ。


 ハーフボックス二つで、丁度フルボックスと同じ大きさ。そんな二種類のボックスが、運転席のない大小様々な台車に積まれ、各々が目的地を目指して走る。


 最高時速は二百キロ。グレードの一番高い『専用ボックス』なら、詰め替え時間を省略できる。

 だから十五分もあれば、東京二十三区内を何処にでも行けるだろう。便利な世の中になったものである。


 反面『窓からの眺め』は、犠牲になった。何しろ上下左右に積まれているのだ。下の段は景色なんて見えない。

 だからと言って、一番前、一番下のボックスからは『迫力の在り過ぎる景色』が見えた。


 ポルシェよりも低い座面で、シートベルトもなく、前の台車との距離は最短五センチ。それで時速二百キロなのだ。

 それだけでも怖いのに、交差点では台車同士が減速もせず、平面交差する。当然その距離も、最短五センチ。


 これでは生きた心地がしない。だから『全面ディスプレイ』になるのも、理解して頂けるだろう。



 徹は『気象の調査』をするため紛争地域に出張し、海軍所属の潜水艦『イー407』に乗艦していた。

 だから持ち物に制限があり、個人所有の通信機器を潜水艦に持ち込むことができなかった。


 早く帰って、婚約者に連絡を取りたいと思っている。


 例え婚約者であっても、連絡先の電話番号や、メールアドレスは覚えていない。

 それは『人にもよる』のかもしれないが、今や多くの人がそんな感じなので、徹を責めることはできないだろう。


 婚約者の山崎朱実に比べれば、徹は随分常識的な方だ。

 朱美は『実に不思議な人物』で、一人暮らしの部屋に徹を一度も上げたことがない。


 それでも徹が納得しているのは、朱美の言う『会社の女子寮』という言葉を信じているからなのだが、場所さえも教えてくれないのは、ちょっとは気にしている。


 突然携帯電話に連絡をすると凄く怒り、『事前にアポイントメントを取るように』きつく言われる。

 朱美にとって電話は『予告のない自宅訪問』と同類のようだ。


 それでも朱美と結婚しようと思ったのは、推して知るべし。



 徹のハーフボックスは、自宅マンションの前で台車から降ろされた。そのままエレベータホールに運ばれて、やがて垂直通路に吸い込まれて行く。


 徹は見慣れた玄関扉の前で目を覚まし、時計を見る。

 南千住から十三分十三秒。予定より三秒遅れか。しかし徹は、それでも笑顔だ。


「きっと、多めに寝かせてくれたんだな」

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