高速貨物列車の旅(四十二)
「そうかぁ? 中々『良い芝居』だったぞぅ」
指さされて言われた文句も、サラッと躱す。そして褒める。
それでも佐々木車掌は、苦笑いをするのがやっとだ。
ここに『大佐』がいる限り、自分は絶対安全だと判ってはいた。
それでも現役の軍人に脅されたり、賺されたりしたら、内心ヒヤヒヤくらいはするものだ。
「所で、隅田川駅から『何しに』来られたのですか?」
弓原少尉を見送った直ぐ後のことだった。『みっちゃん』こと大佐が佐々木車掌のことを見つけて声を掛けて来た。
佐々木車掌は後ろからの声で、その声の主が誰だか判った。
振り返って笑顔で挨拶をすると、大佐は佐々木車掌の肩をポンポンと叩いて『弓原少尉送迎大作戦』の労を労った。
そしてその後、図々しくも車掌室へ勝手に乗り込んで来たのだ。
「んー。機関車の見学かなぁ」
左手を腰にあて、右手を顎に添えた。そして腰を振る。
「お一人でぇ?」
佐々木車掌は心配そうに聞く。まるで大佐の扱いが子供のようだ。
いや、そうではない。少佐だって部下の一人を『護衛』としてチョロチョロさせていると言うのに。
どうして一人なのか? という意味だ。
「いや、俺は心配ないからさっ」
今は国鉄職員の制服を勝手に拝借しているからか、長い袖を捲り、ズボンの裾も折り返している。
だからだろう。いつも腰に下げた金の装飾をした拳銃はなく、本当に『丸腰』のようだ。
それでも、シャドウボクシングの真似をして、体を左右に揺すっている。フットワークは相変わらず軽いようだ。
「いやいや。大佐がお強いのは、存じておりますが」
佐々木車掌が両手を振って、シャドウボクシングを止めさせた。
大佐は腕を降ろしたが、肩をグルグルと回し、首もゴキゴキ鳴らしている。
いつでも『戦闘』に入れるモード。それだ。
佐々木車掌は念押しのように、もう一度聞く。
「それで、お一人で何をされに?」
「それは、ひ・み・つ☆ミ」
そう言って、顔の前で腕を振りながら星を飛ばす。『昔から変わらないノリ』に、佐々木車掌は思わず苦笑いだ。
大佐にそんな仕草は、全然似合ってはいない。何しろ年齢は、佐々木車掌よりもずっと上なのだ。
「あれが『石井少佐』か?」
急に真顔になって、大佐の尋問が始まった。
「はい。何だか不気味な人でした」
感想を素直に答える。すると大佐は『同類』であるにも関わらず、賛成するように笑い始めたではないか。
「いぃけぇ好かない、野郎だよなぁ」
石井少佐が立ち去った方を指さして、高らかに笑う。
ちょっと待って。そんな大きな声で言って、もしも本人の耳に入ったらどうします? 顔を真っ赤にして戻って来てしまうでしょう!
いや、真っ赤にはしない。真っ赤にするのはお付きの『イ何とか大尉』の方か。
本人はむしろ『優しい笑顔』で、詰め寄って来るに違いない。
「はい。確かに。おっしゃる通りです」
佐々木車掌は同意して頷いた。石井少佐が立ち去った方角を見て、本人が戻ってこないことを確認した。
「やっぱり、そう思うよなぁ。不気味だよなぁ」
大佐も昔から知っているのだろう。口をへの字に曲げ、苦々しく言うと、今度は佐々木車掌を指さして笑っている。
パッと昨日のことを思い出して、大佐に追加報告だ。
「弟も『うぇー、もう無理。こうぇじゃぁ』って言ってまして」
すると大佐は、佐々木家の人々を思い出したのか、高らかに声を上げ、笑い出した。
普段は人当たりが良く、対人関係で文句も言わない弟が、そんなことを言ったのだ。余程面白かったのだろう。
そして、笑い過ぎて吹き出した涙を袖で拭いながら、佐々木車掌に言う。
「それは面白いなぁ。今度、石井少佐に言っとく」
佐々木車掌の目を見て、真顔で言っているではないか。
「そんなことされたら、困ります!」
冗談じゃない! そんなことされたら、本当に困る。しかし、『面白いか・面白くないか。それが基準』を、地で行く大佐のことだ。
これは絶対に言う奴だ。
「本当に止めて下さい!」
もう一度念を押したが、大佐からの返事はない。
「じゃぁ、俺も行くか。トイレ助かったよ。ありがとう」
パッと手をあげて歩き始めた。佐々木車掌も慌てて後を追う。
開け放しのドアなのに、それを開ける振りをしてお見送りだ。
「また、いつでもどうぞ」
まるで自分家の玄関で見送るように大佐に声を掛ける。そんな規約はないのだが、大佐は特別なのだ。問題ない。
大佐もそれを判っていて、有難くも思うのだろう。振り返って笑顔を振りまくと、パッと右手を挙げる。
「アディオス!」
変わった別れの挨拶を受け、佐々木車掌は大佐に手を振り、そのまま後ろ姿を見送ったが、人混みに紛れて直ぐに見えなくなった。
次の日、自分の『作業着』が無くなっているのに気が付いたのだが、誰が拝借したのかは見当が付く。
どう思うかって? それはもう『光栄』に思うだけだ。




