高速貨物列車の旅(三十七)
貝買いが
貝買いに来て
貝アサリ
買い買い帰る
貝買いの声
詠み人知らず
築地市場駅に高速貨物列車が到着すると、停止前からおっちゃんが寄って来る。
今まで高速で走行してきた『高速貨物列車』の終着は、国鉄職員が信号旗を振りながら歩く後ろを、それはもう、ゆっくりと追いかける速度となる。つまり、歩く速度だ。
集まって来たおっちゃん達は、別に『鉄道ファン』という訳ではない。皆『うちらの貨車はどれだ?』と、探しているだけだ。
完全に停車すると、そのおっちゃん達が『ワッ』と寄って来る。
そして、封印されている扉を次々と開封し、中の『魚介類』を取り出す。
競りが始まるまでに、全部並べないといけないからだ。
そこに時々『白衣の天使』がやって来る。その天使は、届いたばかりの荷物を好き勝手に開封し、中身を抜き取って去っていく。
反抗する者は、誰もいない。
まぁ、一応『東京都の検査です』と、声を掛けるのであるが。
この検査に『拒否権』はない。かと言って当たり前だが『買取』もしてくれない。取られ損である。
この検査に不合格となると『貨車丸ごと廃棄』となる。
築地市場に漁船で乗りつけ、水揚げした海産物から不合格品が出ると、その船荷は全量『海洋投棄』処分だ。例外はない。
こうして市場に流通する食品は、日々の『検査』と『圧力』で守られていると言って良い。
『東京都中央卸売市場から仕入れた』ということは『安全』のお墨付きを得ていると言えるだろう。
だから『ちょっとやヴぁいかもなぁ』という荷物は、『頼まれたら検査するけど』という体制の、地方市場に直送されたりする。
そんな築地市場に、場違いな『白い軍服』を着たおっちゃんが二人、ポツンと立ち尽くしていた。
見慣れない『白い軍服』は、注目の的である。
数字の書かれた帽子を被り、前掛け、ゴム長、肩にトロ箱を担いだおっちゃん達が、がに股で闊歩している所に紛れ込んでいるのだ。
だから『何だ?』『邪魔!』『ん?』『誰?』『何だ大尉か』『何しに来た』と思っていても、口には出さず通り過ぎて行く。
「少佐、凄く『アウェイ』な感じです」
荷物を運ぶ場内用の運搬車に、ブーツを踏まれないように避けた。『踏まれた方が悪い』それが場内のルールである。
「うむ。そうだなぁ」
思わず漏れた井学大尉の泣き言に、背中合わせに立ち竦む石井少佐も、流石に同意したようだ。
ちらっと時計を見て言う。
「奴の乗った列車は、一時間後だと言っていたからな」
「はい。しかし、このままココで待つのは、ちょっと」
また、知らないおっちゃんに睨まれて、気が引ける。何人目かなんて、数える余裕もない。
「目立つなぁ」
「はい。浮いています」
今度はむき身の『マグロ包丁』を持ったおっちゃんが『サーベルでマグロが切れるのかよ』と凄んで通り過ぎて行く。
「どうしたもんかね」
「どうしましょう」
頭にタオルを巻き、『鳶口』を持ったおっちゃんの集団が『やんのか?』と、二人を上から下まで舐めるように見て、通り過ぎた。
いやいや。その道具は、マグロやトロ箱の移動にだけ、使って欲しいものだ。
「飯食うか!」
「そうしましょう!」
石井少佐は決心した。ココは居心地も悪い。
一方の誘われた形となった井学大尉の返事も、凄く早かった。笑顔で振り返ると、そこにあるのは『優しい上司』の尊いお顔である。
石井少佐は『近い近い』と思って、思わずのけ反った。こんな所で『逢引』なんてしようものなら、何されるか判った物じゃない。
「牛丼屋に行きましょう!」
笑顔の井学大尉が先頭に立つ。それを聞いた石井少佐は『パッ』と笑顔になり、小走りに追う。
「牛丼屋? 『牛丼』しかないという? あの牛丼屋か?」
信じられるだろうか。『牛丼しか売っていない』そんな不思議な店が、ココ築地にあるという。伝説自体は耳にしたことがある。
「席に着いたら『大盛りねぎだくギョク』と注文するそうです!」
井学大尉のアドバイスに石井大佐は、一・五回、頷いた。




