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高速貨物列車の旅(三十六)

 音もなく列車が動いている。点いていた電気も予告なく『パッ』と消えて、まるで『惰性』で動いているようだ。

 弓原が驚いてキョロキョロしているのを、佐々木車掌は笑顔で見つめている。


「デッドセクションを通過中ですな」


 佐々木車掌が天井を見上げて、まだまだキョロキョロしている弓原に説明した。

 説明が聞こえた弓原は、顎を突き出して何度も頷いている。


「停電ですか?」


 右手で天井を指さした。佐々木車掌は苦笑いだ。折角説明したのに、何のことだか判っていない。

 それでも暫く仕事がない佐々木車掌は、足を組んだ。


「電気がですね、交流から直流に切り替わるんですよ」

 そう言って腕を揺らし、とりあえず『交流』を表現する。

「へー。何でですか?」


 そこで『パッ』と電気が点く。デッドセクションは通過したようだ。再びモーターが唸りをあげているのが判る。


「沢山の電車を走らせるなら直流。安く電化するなら交流、という使い分けです」

「今は直流になったんですか?」

 弓原が再び天井を指さした。佐々木車掌は頷く。


「はい。取手から直流ですね」


 佐々木車掌が指さした窓の外には取手駅。あっという間に通り過ぎる。すると直ぐに利根川の鉄橋を渡る。


「じゃぁ、ここから『都会』なんですね!」


 鉄橋の音が煩くて会話にならない。だから弓原は、口に手を添えて大きな声を出す。

 佐々木車掌は耳に手を充てて聞いている。そして頷いてから、その手を口に添える。


「直流だからって『都会』とは、限らないですけどね!」

「そうなんですかぁ!」


「だってそれだと、東北本線は那須塩原の先、黒磯まで、

 東海道本線は全線『都会』になってしまいますよ!」

「えー、それはズルいですよ!」

「ズルいってなんですかぁ!」


「だって大宮駅の次は、もう群馬駅じゃないですか!」

「いやいや! 群馬は東北本線じゃなくて、高崎線ですよ!」

「そうなんですかぁ!」

「それに群馬駅って言うんだったら、高崎駅って言って下さい!」

「あぁ! なるほど!」


「ちなみに高崎線、その先の上越線、信越本線は、全線直流だからぜーんぶ『都会』ってことになりますよ!」

「げげっ!」


 利根川橋梁は長かった。渡り終わると千葉県である。


 所で、この世界にも『地磁気観測所』が茨城県石岡市にあるようだ。この観測所から半径三十キロメートル以内の鉄道は、原則交流にて電化となっている。


 だから常磐線に沿って新設された常磐新線も、守谷より先、筑波鉄道に乗り入れて筑波駅まで、ずっと交流で電化された。


「とりあえず、もうすぐ東京ですね」


 直流区間≠都会で論破された弓原は、肩を竦めて小声で言う。

 言い負かした佐々木車掌であるが、それは『楽しい旅路』の終わりを表してもいる。


「止まったら、そこで降りますよね?」

 佐々木車掌が確認すると、弓原は直ぐに頷いた。

 そりゃそうだ。東京に入ったら鉄道より『ハーフボックス』の方が、断然速いのだから。


「金町には、止まりませんよね?」

 弓原は念のため聞く。佐々木車掌が笑顔で答える。


「はい。手前の新松戸で武蔵野線に入りましてね。越中島貨物駅に行きますから」

 親指を突き立てて、窓の外を指す。どうも東京方面じゃない。

「ちょっと待って下さい!」

 それを聞いて、弓原が慌て出した。武蔵野線って、お墓参りの方じゃないか。東京が遠くなるぞっ!


「じゃぁ、金町から新金貨物線に入って、秋葉原ですかね?」


 首を傾げた佐々木車掌が、真顔で親指を、また別の方角に向けている。どうやら次の駅は、まだ遠いらしい。


「えぇっ! もう、金町で降ろして下さいよぉ」


 堪らずに弓原は両手を広げて叫んだ。それでも佐々木車掌は、得意気に笑ったままだ。


 行先不明の貨物列車とは。


 それは『車掌のさじ加減一つ』で、行先が自由に変えられる貨物列車のことである。


 な訳ないか。

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