試験(三)
「すごいじゃん。ねぇ、何だって?」
「先生? 誰に言ったの?」
目をキラキラさせた真里と亜紀から、矢継ぎ早に質問が飛ぶ。
「お父さんに言ってみた」
「まじで? いきなり?」
亜紀には信じられない行動の様だ。
「あー、でも琴美ん所のパパ、優しそうだもんねー」
真里は後ろにそっくり返って、それも有りだろうなという表情を見せる。それを見た亜紀は、全て納得した。
琴美の家にも近い真里は、昔から琴美の家で遊んだり、勉強したりしていたそうだ。
夕飯をご馳走になって、父の牧夫が運転する車で、家まで送って貰ったことも一度や二度ではないとのこと。
その真里が、琴美の東京行きを『有り』と確信したのだ。
「じゃぁ、もう試験受けたの?」
「え? 何の?」
亜紀は琴美に聞く。しかし琴美の返事は曖昧だ。
琴美は、答えが見つからない。
また何か、琴美の知らない常識というものが横たわっているのだろうか。
慌てた気持ちを悟られないように真里の方を見たが、そっくり返った姿勢の真里は、うんうんと頷くばかりでアテにならない。
琴美は、誰かの答えを待つしかなかった。
「お待たせしました。紅茶セットの方は?」
救いの神が現れた。
そのお姿は、きらびやかに輝くおでこの横に、長く後ろにたなびく白い髪を携え、手には三つの『ダブルバニラセット』を携えて立っていらっしゃる。
「あ、紅茶は私でーす」
そっくり返っていた真里が、元に戻りながら店長に声を掛けた。
神と崇められた店長は、手に持った紅茶を真里に手渡す。そして、お盆の上に乗っていたガラス製の小さなティーポットを、そっと真里の前に置いた。
後はコーヒーですねと言わんばかりに、店長は黙ってカップとダブルバニラを置き始める。
ダブルバニラの一つ目を受け取った琴美は、奥の席にいた真里に手渡す。
「サンキュー おっと」
皿に入ったスプーンがクルリと回って真里が声を挙げた。
しかし直ぐに、素早く速やかに、鮮やかにスプーンを押さえると、そのまま最初の一口目を食べに入る。
「ごゆっくり」
そう言って店長は無表情のままお辞儀をし、空になったお盆を縦に持って歩いて行くと、カウンターの奥に消えて行く。
そんな店長の姿を、琴美と亜紀が見送る筈もなく。二人もダブルバニラに向かってスプーンを突き立て始める。
話題が変わって欲しい。
琴美は確かに、食べ慣れた感じのするダブルバニラを味わいながらそう思っている。
記憶にも残らないような、他愛のない話をしたい。
しかし高校三年の夏は、如何にのん気な娘たちであろうとも、それを許さないのであった。
「それでさー、試験受かりそう?」
「何かめんどくさそうだよねー」
亜紀の質問に真里が答えた。
琴美は黙って、コーヒーを飲む振りをする。
二人の会話から、一体自分が『何をしなければならないのか』を、探るのだ。