高速貨物列車の旅(三十三)
難読漢字の駅『大甕』を過ぎると、左手に長い松林が見えて来る。それを通り過ぎると久慈川を渡り、再び街中になる。
弓原はぼんやりと外の景色を眺めていた。
こんなにのんびりとした『旅行』を、今までにしたことがあっただろうか。
青森行きの寝台列車も楽しかったが、こんなベンチみたいな椅子に座り、車輪の『ガタンゴトン』というビート感じながら、星や月を眺むる。そんな旅も悪くはない。
腰には随分、悪そうではあるが。
そうだ。京都に行った。昔、修学旅行で。
東京の中学、修学旅行はだいたい京都だ。今でこそ飛行機も使っているが、『学校行事で飛行機なんて』そんな風潮があった。
新橋に夕方集合して、寝台列車を貸し切って行ったっけ。
何て名前の列車だったかなぁ。『富士』『出雲』。違うなぁ。
えーっと『さくら』『あさかぜ』『はやぶさ』。んー。違うなぁ。
確か、漢字だったよなぁ。何だっけかなぁ。あれから飛行機ばっかりで、乗ってないもんなぁ。
思い出した! 『銀河』だっ! そうそう! 楽しかったよなぁ。
あぁ、上下で枕投げして、凄く怒られたっけなぁ。山中が始めたんだよ。面白い奴だったなぁ。
お陰で御殿場まで正座させられてさぁ。何やってんだか。
「『銀河』だけに『星座』だっ」
誰か、いや多分、山中なんだろうけど。つまんないこと言ってたなぁ。あん時は笑ったけど。
帰りは何だっけ? あぁ。船だったか。
さっきから見えている景色に、あまり変化がない。
街中に入ったと思ったら松林が見えて、また街が見えて。
時々「大きな工場があるなぁ」と思ったら、丸くて赤いマークが通り過ぎる。
またかと思うそれは、まるで『無限ループ』ではないか。
何度目かの減速をして、やがて止まった。
止まっただけでなく、久しぶりの動きあり。どうやら荷物の積み込みのようだ。
「那珂湊漁港からの水産物を積み込みますので」
「はいはい」
停車を確認した佐々木車掌が、デッキから覗き込んでそう言うと、パッと走って行ってしまった。
ここは勝田だそうだ。
那珂湊漁港からの水産物が、ひたちなか海浜鉄道に揺られて勝田までやって来る。それを連結した後は、何処だろう。
そう言えば、ひたちなか海浜鉄道に乗り換えると、阿字ヶ浦に行けるらしい。
子供の頃、家族揃って海水浴に行ったっけ。
砂浜でお爺ちゃん埋めて、みんなで手を合わせ『ナムー』したなぁ。後で親父が撮った写真見て、笑ったもんだ。
「暴れん坊の頑固爺さんが、生きている間に大人しくなるなんて」
お婆ちゃんも笑ってたなぁ。土地勘ないけど。阿字ヶ浦って、ここだったんだねぇ。楽しかったなぁ。
もう二人共、天国に逝っちゃったけど。今度の七月、お盆になったら、朱美を連れて八柱霊園まで報告しに行かないとなぁ。
阿字ヶ浦の先、今度は、ひたちなか海浜公園まで、行けるようになったらしい。
赤いコキアの丘、朱美と一緒に観に行きたいなぁ。
そろそろ東京かなぁ。東京に着いたら、まず家に帰って、直ぐに朱美に連絡しないとなぁ。『潜水艦に携帯持ち込めないから』って言われたから、家に置いて来たし。
そもそも、朱美の家には行ったことないし。『会う前に必ず連絡頂戴』って言われてたし、『サプライズとか絶対要らないから』とも言われてたなぁ。
あぁ。早く逢いたいなぁ。元気にしてるかなぁ。
おっ。何か動き始めた。次は何処だろう。
「はい! お待たせしましたぁっ!」
大きな声に驚いて、弓原は『ガバッ』と動き出す。ぼんやりしている所に、タイミング良く佐々木車掌が車掌室に入って来たのだ。
どうやらいつの間にか『うとうと』していたらしい。
「次は水戸でぇすっ! しかぁしっ、納豆は積載、致しません!」
身振り手振りで説明する佐々木車掌。笑顔が眩しいと思った。




