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高速貨物列車の旅(二十九)

 井学大尉は、佐々木車掌がパッと右手を挙げたその瞬間、ナイフを取り出したと察知し、一歩踏み出そうとした。

 しかし、警護対象である石井少佐本人に、肝心の足を踏まれて阻止される。


 やはり、石井少佐の判断は正しかった。

 佐々木車掌が出したのは『ナイフ』ではなく、只の『手サイン』だったのだ。


 親指と人差し指を近付けて『ちょっと』を表現しただけだ。

 危うく、今度は傷害罪で現行犯逮捕される所であった。


 三人は椅子に座ることにする。

 どの椅子に誰が座るか。それは一番偉い人が上座で、そこから下座への順に。


 その部屋で何処が上座か判らない場合は、入り口から一番遠い所を上座と判断して間違いない。


 井学大尉は『最奥の便座』を指し、石井少佐に目で『どうぞ』と誘導したのだが、当の石井少佐は不思議な顔をして、一番の下座である『長椅子』に座ってしまった。


 あっと思っても、もう遅い。佐々木車掌は、まるでそこが自分の席であるかのように、机の前に座ってしまったではないか。

 まだ石井少佐が座る前にである。


 揺れる車内。井学大尉は車内で立ち尽くしていた。

 自分が『便座』に座る訳には行かないし、椅子は二つしかないのだ。休憩はさっきまでで十分だ。


 なぁに。仙台から東京まで、立ちんぼだって問題ない。自分は軍人である。

 いくら揺れるとは言え銃弾も飛んで来ない、こんな『安全』な場所で『寝ずの番』なんて、どう考えても余裕。楽勝ではないか。


「お付きの方も、危ないから座って下さい!」


 きつい声。しかし、石井少佐の声ではない。佐々木車掌だ。

 井学大尉は『冗談じゃない』と思って無視する。

 そんなの当たり前だ。

『今日は無礼講だ!』

 なんて言って始まった宴会が、無礼講な訳がないのだ。


「大尉、座り給え」


 石井少佐が長椅子を奥に移動し、その横をポンポンと叩いている。

 まるでクラブで女の子に『隣に座れ』と、言っているようではないか。


 井学大尉は赤面し、慌てて手を横に振る。

 石井少佐の横に座った女の子が『何をすべき』か。井学大尉は良く知っているからだ。


 遠慮しているのは判るが、ここは現場責任者でもある『車掌』の命令は絶対である。

 石井少佐には『一般常識』というのも、常備されている。普段の行動が『人としての常軌を外れている』としてもだ。


 佐々木車掌が『再命令』を発令する前に座らなければ、今回が最後の旅になってしまうではないか。


「大尉!」


 井学大尉が飛んで来た。そして『ボスン』と座る。まったく品がない。その波が石井少佐の方までやってくる。


 佐々木車掌は『扱いに困る客人』が長椅子に仲良く座り、二人の頭の高さが、互い違いに揺れているのを見て微笑んだ。

 こんな部下は要らないと、思うだけだ。


 この男、実は只物ではない。空手と柔道と書道を足して二で割った所に三を掛けると、何と十八段にもなるのだ。


 車掌は机に向かって仕事を始めようとする。しかし横目に見て、どうもやり辛い。困ったものだ。


 普段は居ない軍人が二人。

 一人は訳の判らない微笑みを湛え、その割に鋭い目を向けている。

 もう一人は何故か赤面し、オンザロックでも作ろうとしているのか、見えない何かを探している。

 そして時々、こちらに助けを求める目。知らぬ! 寝ろ!


 こんな夜は初めてだ。仕方なく佐々木車掌は、カバンから『スポーツ新聞』を取り出した。通勤中に読み終わった奴だ。


「これ、暇つぶしにどうぞ」


 薄暗い中で『新聞を読む』も中々の修行ではあるだろう。しかし、そんな目で見られても、仕事の邪魔なだけだ。


「ありがとうございます」


 手を伸ばして受け取ったのは、意外にも石井少佐の方だった。

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