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高速貨物列車の旅(二十六)

 どっちに渡せば良いか判らずに、白い封書を左右に振っている。

 今度の佐々木車掌は軍服の階級章を見ても、どちらが少佐なのか判らないらしい。極々一般的な小市民のようだ。


 石井少佐が軽く手を挙げると、そっち側でピタッと止まる。片手で持ったまま更に突き出す。

 とにかくまぁ、緊急電報は無事に届いたようだ。


 石井少佐が何も書かれていない、只の白い封書を手にして、表を見たり裏を見ている。

 そして、井学大尉の方を見て『何だろうね?』な顔をして首を傾げ、肩を竦める。


 そんな様子を見ても、井学大尉だって『何でしょうね?』という顔をするだけだ。

 石井少佐が、車掌にも『知ってる?』な顔をする。

 すると意外にも、佐々木車掌は慌て出した。


「じゃぁ、私は外に出てますので」


 そう言うが早いか、ドアを開けて外に出る。

 その一瞬だけ、強い風が車掌室に吹き荒れたが、『バタン』という音と共に、静かになった。

 風に吹かれて目にゴミが入ったのか、石井少佐は風下に向けて顔を背けた。


 静かになった車掌室で、石井少佐は白い封書を開封する。

 ガサガサと中から紙を取り出すと、開いて目を落とす。


  『フメイノ イ ムツニ アラワル

   ハチノヘコウ ニ セイラン』


 石井少佐がキョトンとしている。

 白い紙に記載されたカナ文字を見て、意味が判らなかったようだ。首を傾げながら、それを井学大尉に差し出す。


 翻訳を頼まれたと理解した井学大尉は、その紙を受け取った。パッと見て、暗号化もされていない『平文』に見えのだが。

 指で辿りながら、ゆっくりと読み上げる。


「不明の『イ』、『イー407』が、陸奥、『むつ港』に現れる! 八戸港に晴嵐。八戸基地ではなく港へ? 着水、ですかね?」


 井学大尉はパッと顔を上げて、咄嗟に立ち上がる。石井少佐を見ると、石井少佐にも意味が判ったようだ。


 何と、沈んだ筈の『イー407』が、原子力潜水艦のたまり場である『むつ港』に入港したと言う連絡だ。

 その上、艦載機の『晴嵐』を『八戸』まで飛ばしたと言う。


 石井少佐にとって『イー407』が無事なのは、正直どちらでも良かった。今度会ったら『あれだけの魚雷を、よくぞ躱した!』と、褒めてやれば良い。それで丸く収まるだろう。


 母港である大湊基地に帰投しなかったのだって、何処かしらの不具合があり、近場の港に逃げ込んだに違いない。

 それ位に考えていた。


 つまり『イー407』は、まだ自分のコントロール下にあると、確信していたのだ。


 一方の井学大尉は、晴嵐のことを考えていた。

 当然、鈴木少佐の操縦だろう。あの人が生きていた!

 しぶとい人だ。それに、何と言う『強運』なのだろう。


 九死に一生を得て大空に飛び出したなら、きっと宙返りなんかしながら、八戸まで飛んで来たに違いない。

 同乗者に『同情』するしかない。


 しょーもないことを考えて、渋い顔になる。

 同情者は、いや、同乗者は、『弓原少尉』なのではないか?

 八戸までやって来て、急いで東京へ向かうはず。


 一番早い方法は飛行機? いや、だったら八戸基地に着陸して、飛行機を乗り換える筈だ。わざわざ八戸港へ着水した意味。

 それはつまり、任務を解かれて民間人に戻ったと言うことだ。


 そうなると、東京へ一番早いのは、寝台列車?

 いや違う。この高速貨物列車だ! これが一番早いのだ!


「大尉、どうしたのかね?」

「少佐! 頭ボサボサの男、弓原少尉ですよ!」

 石井少佐は目を丸くしている。井学大尉は弓原少尉を確保しようとしたのか、ドアを開けてデッキに飛び出した。


 丸い目に再び強風が吹きつけ、石井少佐はまた風下に顔を向ける。

 いきなり開けるんじゃない。そう思いながら何度か目を擦ると、気合を入れ直す。


 机上の帽子を手にして、頭に乗せる。そのまま開け放たれたままの扉から、デッキに出た。

 そこで、思わず口にする。


「後ろの貨車は、どうしたのかね?」


 石井少佐は目の前に広がる景色、流れて行く鉄路を指さして、佐々木車掌に聞いた。

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