試験(二)
店に入るとやる気のない店長が一同を出迎えた。
「お二人様?」「いいえ」
「こちらにどうぞ」
店長は聞いていないようだ。
真里も大して気にしていないのか、案内されるがまま、琴美を追い抜いて窓際の席へ一人で歩いて行く。
「あれ、亜紀は?」
一人呟いて振り返った琴美は、遅れて入って来た亜紀を確認すると、亜紀と一緒に歩き始めた。
真里が案内されたであろう、いつもの席へと向かう。
「お二人様?」
真里を案内し終わった店長が戻って来て、二人に言った。
「いいえ」「こちらにどうぞ」
やはり店長は聞いていない。
細い目の奥に、キラリと光るものも感じられない店長は、常連客の顔すら覚えていない様だ。
「あそこで良いです」
琴美は、見えて来た真里の席を指差した。
店長は、『そこには二人連れの客が来るのに』と思いながらも、平常心のまま頷いた。
何故なら、四人まで座れる席なのだ。大丈夫だろう。
店長は、四人分の水とおしぼりを取りに、カウンターの奥に引っ込んで行った。
「ねぇ、進路どうするか、決めた?」
席に着くなり、そう切り出したのは亜紀だ。
一人帰り道の方向が違うので、聞きたいことはココで聞いておかないといけない。
琴美の試験結果については察する所ではあるが、それはそれだ。
亜紀はそう思って真里に向かって聞いたのだが、隣にいる琴美の耳にも入っていた。
琴美は少し前に、父親が困った顔をしたのを思い出す。
「東京に行ってみたいよねー」
真里が笑いながら言った。
いつも、真里の口調を聞いている琴美は、その言い方が『月に行って見たい』と、言っているのと同じに聞こえる。
「やっぱりそうだよねー」
直ぐに言い返した亜紀の言い方も、『まるで叶うはずの無い大きな夢』に対する相槌に聞こえる。
琴美は、父親がうな垂れたのを思い出した。
そして、直ぐに二人に問う。
「ねー」
すると真里と亜紀は、少し驚いて琴美の方を向いた。
琴美は今の短い相槌に、何か問題でもあったのかと思う。
「琴美は、頑張れば行けるじゃね?」
「そーだよ。行けるんじゃね?」
流行の言い方だろうか。
二人は揃って首を捻り、琴美を指差しておどけている。
「どうだか」
琴美は答えた。そして怖くなる。
一体自分は、どうなってしまったのだろうか。
この世界は、自分が知っている世界とは違う。まったくもって、似て非なる世界なのだ。
それだけではない。回り全ての人々が、自分とは全く異なる常識を有している。
自分はそれを悟られずに、一つ一つこの世界の常識を、獲得して行かなければならないのだ。
本当に、気が狂ってしまいそうだ。
「行けるって。絶対」
「そうだよ。琴美は私達の中で、一番頭良いんだからさー」
そう言われても琴美は嬉しくなかった。
確かに試験で悪そうなのは日本史だけで、他の科目はいつも通りだった。しかし、一般常識のない天才ほど、この世の中に迷惑を掛ける存在になるだろう。
「東京に行きたいって言って見たんだけどねー」
「ほんと!」「やっぱり!」
琴美の口からつい零れた言葉の続きを打ち消すように、二人は殆ど同時に相槌を打った。




