高速貨物列車の旅(二十四)
石井少佐の演説を、井学大尉は黙って聞いていた。
いやいや又は、聞かされていた。そうでもなければ、聞こえてはいた。とでもして置こう。
定型の演説。一般論と言っても良い。『やられたらやり返す』というのは、単純明快で判り易い。賛同も得られるだろう。
しかしそれでは、争いは終わらないのではないか。
長い『休戦中』という戦争の期間に於いて、『もうそろそろ、良いんじゃね?』という疑問が沸いても、不思議ではない。
それより何より井学大尉は、気になることを思い出していた。
それは『弓原少尉が手紙を出していた』ことである。少佐には話して、いや、報告していなかった。
「どうした? 聞いているのかね?」
石井少佐は、本当に心の中を覗けるのだろうか?
やはり医者と言うのは、職業柄『人の表情』をよく見ているのだろう。だから『考えを読み取る』のが上手なのも頷ける。
「少佐にはお話し、していなかったのですが」
そう切り出して黙る。
そうだ。確か、恋人に書いた手紙を出していただけだ。
「何だね?」
険しい表情から一転。石井少佐の表情が温和になった。
傍から見ていれば、それは間違いなく『優しい表情』なのであるが、井学大尉にしてみれば『尋問』なのである。
「手紙を、出していまして」
「ほう」
「あの『恋人への手紙』だと思うので」
手を振りながら、『話さなかった理由』として、笑顔で説明をする。すると、石井少佐も笑いながら、井学大尉に聞いてきた。
「何だ。恋人がいたのか? どんな娘だ?」
足を組み、腕を振りながらの尋問に変わった。
「いえいえ、私ではないです」
井学大尉も笑いながら、もう一度腕を振る。
「どんな娘か、調べてやるぞ?」
目を垂らして笑う石井少佐。とても嬉しそうである。しかし井学大尉は、慌て始める。
ちょっと待って。本当に調べそうで怖いんですけど。
「大丈夫です。ですから、私ではなくてですね」
真顔になって調査を辞退する。石井少佐も真顔になって、話を聞く姿勢になった。それを見て、井学大尉は話を続ける。
「気象省の、弓原少尉です。基地の売店から手紙を出していました」
石井少尉の顔は、真顔のまま変化がない。ただ黙って頷いた。
目だけが少し傾斜して、『続きを話せ』と語っている。
「ペラペラの茶封筒で、東京に手紙を出していました」
それを聞いた石井少佐は足を組むのを止め、足を広げて前のめりになる。両方の膝の上に両肘を置いて、首をグッと前に出す。
「女宛てか?」
「いえ。そこまでは。住所はチラっと見えたんですけど、あて名は持っている指で、丁度隠れておりまして」
苦笑いで報告する。石井少佐も『それでは仕方ない』と思ったのか、叱責まではしなかった。
「何で『女』って判った?」
その代わり、首を傾げて質問する。
「鈴木少佐が『恋人宛て?』と聞いたのですが、『そんな感じ』と答えていたので」
「なるほど」
二人は頷いた。石井少佐は口を『ニッ』と横に引いてから言う。
「相手は『男』かも、しれないだろう?」
石井少佐の指摘に、井学大尉は思わず『ブッ』っと吹いた。
いやいや、確かにそうかもしれない。確率はゼロではないとしても、まさか石井少佐が、そんなケースについて『想定』しているとは、思わなかったのだ。
苦笑いの井学大尉を前にして、石井少佐は語り出す。
「まぁ、明日本人に聞いてみれば、判るだろう」
「え? 本人って?」
石井少佐の不思議な意見に、井学大尉は思わず叫ぶ。
「いやいや『本人』と言えば『本人』だろう?」
再び足を組み、腕を振りながら答える石井少佐。どうやら知らないのは、井学大尉だけのようだ。
「朱美だよ。山崎朱実」
「え? 『教授』ですか?」
スッとんきょな声で、井学大尉は聞いた。
やはり知らなかったようだ。
そんな井学大尉の様子を見て、『アンテナが低い奴』と思ったのだろうか。渋い顔に変わった。
井学大尉に忠告する。
「あぁ。手紙の内容によっては『研究所送り』だな」




