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高速貨物列車の旅(二十三)

 石井少佐が鈴木少佐を、殺そうとした訳ではない。それよりは『巻き添え』と言った方が、しっくりくるだろう。

 井学大尉が報告したのは、鈴木少佐のことだけではない。むしろそっちの方が、石井少佐にとって重要だったのだ。


 気象省から来た男。確か『弓原少尉』と名乗っていた。


 井学大尉は、今更その『お天気屋』の名前を思い出していた。

 きっと、そんな『お天気屋』の話を石井少佐にしていなければ、今頃イー407は、母港の大湊基地に帰投していただろう。


 情報は、何処から漏れるか判らないとは、良く言ったものだ。

 津軽海峡に眠るイー407の乗組員は、その理由も判らず『静かな眠り』についたに違いない。

 そう願いたい。そう願わずには居られない。


 井学大尉は目が冴えた。いや、冴えたと言うより、暫く眠れないだけなのかもしれない。


「大尉、気に病むことはない」「はい」

 相変わらず少佐は、目を瞑ったままであるにも関わらず、大尉の表情が判るのだろうか。

 ゆっくりと言葉を続ける。


「我々は、帝政ロシアと今だ戦争中である」「はい」

 井学大尉は頷いた。確かに、休戦中でも『戦争中であること』に変わりはしない。

 石井少佐は返事を聞くと、淡々と言葉を続ける。


「北海道の道民二十万人が、シベリア・アラスカに拉致された」

「はい」

 石井少佐の声が少し大きくなっていたが、淡々と話すのは相変わらずだ。


 それを聞いた井学大尉は渋い顔となって頷き、返事をしたのであるが、やはり目を瞑ったままであっても、石井少佐には、その様子が見えていたようだ。


「そして、その救助に向かった我が国の艦隊に、帝政ロシアは『水爆』を使用したのだ!」

 目を見開き、石井少佐は井学大尉の方を見た。

 思わずたじろぐ。石井少佐の表情が、いつもの冷静なそれではなく、あからさまに憎悪と怒りに満ちたものになっていたからだ。


「はい」

 だから井学大尉が、帝政ロシアに対して『そこまでの怒り』を持っていなくても、『はい』としか返事ができなかった。


 アラスカに拉致され、油田開発に従事させられた日本人を救出するため、日本海軍は旗艦・戦艦長門と、巡洋艦酒匂を中心に、一般商船も動員した救助輸送戦団を率いて、アラスカに向かった。


 一九四五年八月六日、一発目の水爆がベーリング海で北上を続ける救助輸送戦団の上空、高度百五十八メートルで炸裂。

 熱線と放射能で、艦隊全ての乗員は死亡した。

 それでも戦艦長門だけは沈まずに、無人のまま動き続ける。


 三日後の八月九日、二発目の水爆が落とされた。

 海中に落下した水爆は、巨大なキノコ雲を海面に浮かび上がらせたが、それでも戦艦長門を沈めることはできなかった。

 戦艦長門が水中に没したのは、それから一週間後のことである。


「我々は、勝たねばならぬのだ!」「はい!」

 その決意には同意する。帝政ロシアは奪った領土を、返還したことはない。そこに住む住民も含めてだ。


「その為には、手段は選ばぬ! 帝政ロシアがそうしたようにだ!」


 帝政ロシアとの戦争について、士官学校で嫌と言う程学んで来た。一つ一つの作戦の是非、敗戦の原因、交渉の歴史等色々だ。

 現在北海道で押し返しつつあるが、日本海の対岸から対馬の対岸まで、帝政ロシアが押し寄せているのだ。


 互いに水爆で武装し、膠着状態になっている今、求められているのは、もっと別の『最新の兵器』なのである。

 そしてそれは、石井少佐を始めとした我々の部隊が、秘密裏に開発しているものなのだ。


 判っている。それは十分過ぎる程判ってはいるのだが、井学大尉は石井少佐を見つめるだけで、返事をすることができなかった。


 何を言っても、石井少佐には『判ってない!』と、一喝されてしまうだけだろう。


 東北本線を貨物列車は、東京に向けて上り続けている。

 夜明けはまだ『遠い未来』のようだ。

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