高速貨物列車の旅(二十一)
走り出した貨物列車の車掌室程、『安全な場所』はないかもしれない。他の乗客は居ないし、駅に停車すると言ってもそれは貨物駅。
ホームに人影はない。
会いたくない人物に出会ってしまったが、それでもこの貨物列車が、実に安全な移動手段だと弓原は思い始めていた。
このまま東京まで一直線だ。早く朱美に連絡を取りたい。
きっと心配しているに違いない。
いや、そもそも出張しているなんて、伝えていなかった。手紙にも居場所は書けなかった。機密情報だから。
そう言えば、随分遠い場所から『普通郵便』で出してしまったが、速達や書留にすれば良かった気がする。
手紙はもう、届いているだろうか? もしかして、手紙を追い越してしまったり、していないだろうか。
列車の下から響く車輪の音に『ガチャッ』という音が混じる。
「おや、落ち着きましたか?」
車掌室の扉が開いて、デッキから車掌の佐々木が入って来た。
その一言目は、長椅子で上を見る弓原の顔を覗き見て、発せられていた。弓原が少し、笑っているようにも見えたから。
「え? ええ。少しだけ」
そう言って弓原は本格的に笑った。佐々木は安心する。
机の方の椅子に腰かけると、帽子を脱いで机の上に置いた。そして、大きく息を吐いた。
「さっきは、すいませんでした」
突然の謝罪。佐々木はペコリと頭を下げていた。弓原は笑顔から真顔に戻り、前のめりになって両手を左右に振る。
「いえいえ。そんな。助けて頂いた訳ですから。むしろありがとうございます。です。いやホントに」
頭を上げた佐々木は、恥ずかしそうにその頭を掻く。
迫真の大演技。失敗は出来ないし、自分が何とかしないいけないと、責任も感じていた。
「上手く、行きましたかね?」
「大丈夫ですよ。勧進帳よろしく、上手く行きました」
佐々木の問いに、弓原は弁慶になぞらえて答えた。しかし佐々木は、真顔で腕を横に振る。
そして、窓の外を指さした。
「安宅の関は、石川県ですよ? 最寄り駅は北陸本線の小松駅です」
どうやら気にしていたのは、場所の方だったようだ。二人は車掌室で笑い合った。
「一番早く行くのは、どうすれば良いですかね?」
冗談のつもりで弓原が言うと、佐々木は真面目に答える。
「大宮で高崎線に乗り換えて、高崎から上越線で直江津、
北陸本線に乗り換えて、金沢の九つ先ですからぁ」
そう言いながら佐々木を上を見る。特急の時刻表でも検索しているのだろうか。
佐々木に申し訳なくなって、苦笑いで言う。
「小松って、結構遠いですねぇ」
「そうですねぇ。あっ!」
突然の叫び声に、弓原も驚いた。
「どうしたんですか?」
思わず聞いたが、佐々木は笑顔のままだ。
「この列車、大宮止まりませんでした!」
「そこですか!」
大した問題でなくて、弓原はホッとする。すると佐々木は、もう一度考えを巡らせているようで、腕組みをした。
そして済まなそうに、弓原に言う。
「盛岡で降りて頂けますか?」
「えっ! 何で?」
笑顔で突然の申し入れ。弓原は焦った。このまま東京まで乗せて行ってくれるのではなかったのか?
「そりゃぁ、花巻空港から小松空港へ直行した方が、早いから!」
「いやいや、行かないですよ?」
二人だけの車掌室に笑い声が響いた。
この世界、新幹線は存在しない。
何故なら、飛行機メーカーが幾つもあって、毎年様々な飛行機がリリースされている。
だからプライベートジェットを始めとした、飛行機での移動が一般的なのだ。急ぎの旅路に列車の選択肢はない。
ちょっとしたお金持ち。そう、ゴルフの会員権なんか幾つも買うような人は、数多あるプライベートジェット運行会社の会員になっていて、移動はもっぱら飛行機という訳だ。
なんせ日本には、大小二百もの空港が存在し、ガリソンという天然資源が、湯水のように沸いているのだから。




