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高速貨物列車の旅(二十)

 朱美は手紙を処分する方法を模索した。しかしそれは、考えるまでもない。焼却一択だ。

 それでもカッターを取り出したのには、理由がある。


 それは『徹がこの手紙を出したこと』を、『誰かに知られているかもしれない』という懸念だ。


 万が一、あの『少佐』に知られた場合、常に『最悪の事態』に備えた行動を取るだろう。

 詰まるところそれは『死』である。


 秘密を知った、又は近付いた徹はもちろん、秘密を漏らしたと誤解された朱美も、例外ではないだろう。それは確信がある。


 しかも、それだけではない。

 この部屋に出入りした者、秘密を知った恐れのある者、それら全員が消される対象だ。


 朱美はそう確信した。何故なら、『秘密の痛み止め』の手配が終わった後、自分も消されかけたからだ。


 あのときの選択を間違えたなら、どこか秘密の研究所で『検体』となっていた。それが今だ生きているのは、少佐と父親の出身地が『同郷』であったこと。

 それにまだ自分に『利用価値がある』と、見なされているからだ。


 情報漏洩をするような『間抜けな奴』と疑われるだけで、消される理由としては十分だ。


 朱美は手袋をして、封筒の下からそっとカッターで切れ込みを入れる。慎重にゆっくりと。自分宛ての手紙なのに。


 この封筒を再利用しなければならないのには、もちろん理由がある。それは『手紙を出した事実』が、どうしても消せないからだ。


 封筒の『消印』は再現出来ないし、投函後に印字される『特殊なインクのバーコード』も、別の封筒に再現することができない。

 つまりこの封筒を使って、手紙の中身を入れ替えなければならないのだ。


 少し剥がれたが、糊が剥がれない。朱美は急いで、ドライヤーとピンセットを取り出した。

 ドライヤーの温度を『高』にして、封筒に向ける。


 ゆっくりと、慎重に。

 ピンセットで引っ張りながら、時々カッターに持ち替える。


 そこで朱美は時計を見た。現在の時刻は十九時。

 少佐はいつ来るだろうか? 判らない。『明日』としか判らない。


 しかし、明日は明日であって、今日ではない。であるならば、二十四時を過ぎたら、それはもう『明日』。もう、時間がない。

 ぐずぐずしていられない。糊付けを半分程剥がしたところで、中身を覗き見る。すると『ポロン』と、薬が出てきた。


「やっぱり。危なかったぁ」

 朱美は見覚えのあり過ぎる『秘密の痛み止め』を手にして唸った。特徴のある形。そんな形にしておいて良かったと、今更に思う。


 もう一度封筒の中を覗き見ると、紙は折り畳まれて一枚だけのようだ。そっと抜き出せば、取り出せるだろう。

 朱美は手紙をピンセットで引っ張り出し、そっと広げた。


  朱美へ

  流行り病の地で、軍医が配ったという薬を送ります。

  雨にあたって人が溶ける理由が、判るかもしれません。

  薬の成分について解析をお願いします。

  この出張が終わったら、式場探しに行きましょう。

                   弓原 徹


 愕然とする。やはりこんな手紙を『少佐』に読まれたら、確実に消されてしまうではないか。

 手紙で出すなんて、本当に呆れる。

 これでは式場を探す前に、『ご本人の所在』を探す方が、先になってしまいそうだ。


 内容もそうだが、それに加え『紙』についても、朱美は愕然とする。それは『軍用の紙』だったからだ。


 小さく製造番号とシリアルナンバーが記載されており、何処で入手したのか、調べれば丸判りである。

 薬の手配をしたときに『これだけを使え』と、指示されたのだ。


 朱美は台所に行くと、フライパンを取り出して、コンロに火を点ける。そこで手紙とダミー用のチラシを放り込み、一緒に焼いた。

 当然薬も、プラケースから取り出して一緒に焼く。


 丸焦げになって灰になると火を止め、トイレに流した。

 これで一安心。と、言えないのが辛いところだ。


『手紙の内容は何だ!』


 きつく尋問され『向こうの都合の良い事実』で、塗り固められてしまう。

 つまりそれは、結局のところ『死』が待っているだけである。


 フライパンを片付けると、今度は机の引き出しから、幾つもの『紙』を取り出す。

 それは便箋であったり、コピー用紙であったり、ノートの切れ端であったり、色々だ。


「これかしら。違う。これは。うーん。仕方ないこれにしよう」


 朱美が悩みつつ取り出したのは『軍が梱包に使っている紙』である。これなら軍の何処にでもある。

 きっと『手近な紙で書いた』と、思われるに違いない。


 後は徹の筆跡を真似て、無難な内容の手紙を書くだけだ。筆跡は何度も真似したことがあるし、筆跡鑑定も誤魔化せる。


 一つ懸念材料があるとすれば、紙に『徹の指紋が付いていない』ことであるが、それは『研究中に手袋をしたまま書いた』としよう。


 朱美は自分を落ち着かせようと頷き、もう一度時計を見た。

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