高速貨物列車の旅(十九)
自宅マンションに帰ると、エレベータホールにあるポストから、ガサガサと中身を取り出す。
それを、バランスが崩れたまま持ち帰る。
しかし、玄関に入った所でチラシの間から、ポロリと茶封筒が落ちた。顔をしかめ、それを拾い上げる。
両手に持った荷物を落とさないように、そっとだ。
表書きは当然自分。それにしても汚い字だ。
裏返しても、差出人の名前はないが、誰からなのか判る。
「徹ったら、また自分の名前、書き忘れてるし」
笑いながらその一通をテーブルの上に投げ、その他のチラシは、間に必要なものがないか確認し、ゴミ箱に捨てた。
バックは椅子の上に置き、鏡台の前に。
そこでテーブルの上にある茶封筒を眺めながら、イヤリングを外すと受け皿に置く。
化粧も落とそうと思ったが、先に手紙を開封することにする。
歩み寄って再び笑う。特徴のある字。角は丸く、随分省略されている。これで良く届いたものだ。
「婚約者の名前くらい、ちゃんと書きなさいよ?」
何処にいるのか判らない手紙の主に、山崎朱実は文句を言った。
たまーに手紙を書いて来る洒落た男。それが気象予測管である婚約者、弓原徹である。
手紙の内容は、いつも他愛もないことばかり。
プライベートで、仕事の話はしないタイプだ。
だから流石に『気象予測管』ということは知ってはいるが、何処で何をしているのかは、良く知らない。まぁ、東京に住んでいるのだから、東京の気象省に勤務しているのだろう。
ごく稀に出張するときもあるが、それはいつも『帰って来てから』報告が来る。結婚してからも、そんな調子なのだろうか。
お土産と共に『この間出張で』と説明があるのだ。それでいつも許してはいるのだが。いや、ちょっとは文句を言う。
先に『何処に行く』のか言ってくれれば、好みのお土産をリクエストできるではないか。
しかしそれは、お互い様である。
製薬会社に勤めていると説明したが、実は今、違う会社に出向中なのだ。それを話すのを忘れていた。
いや、忘れてはいない。『秘密にしろ』と言われて、秘密にしているだけだ。
コンピュータ処理について研修をするため、というのが出向の理由で、朱美が選ばれたのは『ジャパネットへの接続資格』として『ハッカー』のホルダーだったからだ。
意気揚々と出向先に乗り込んだ。
出向先では、もちろんシステム部門に配属となったものの、仕事は『只の庶務』であり、システム開発はさせて貰えていない。
たまに『変な会議』に呼ばれ、そのときは『ミケ』なんて、猫みたいなハンドル名が与えられている。
それはそれで気に入ってはいるのだが、仲間に入れて貰えた感じはしない。
何故なら他のメンバーは、全員『鳥の名前』だからだ。
世の中、判らないことだらけだ。そう思いながら、笑顔で封筒の上を破こうとして、手が止まる。
朱美の顔が歪んだ。
左手に来た感触は確かに『一般人が目にしてはいけない薬』だったからだ。
封筒の上からの感触で、何故に判ったのか。その理由は簡単だ。
それは朱美の会社で作られた『秘密の痛み止め』であり、陸軍に全量納められたものだ。そして秘密裏に、青森県の津軽海峡付近でのみ、配布されたはずのものだ。
朱美が事務方について陸軍と会社の窓口役となり、全部手配した。
それが何故、婚約者からの手紙に入っているのだ?
慌てて朱美は封筒の表側を見た。
住所は自分の住所である。当たり前だ。しかし、切手の横に押された消印を見て、愕然となる。
「大湊基地郵便局って、何してるの?」
また変な正義感を押し出して、危険なことに首を突っ込んでいるのだろう。
まったく、いつもいつも徹のことを思って、注意しているのに。どうして聞いてくれないのだろうか。
「天気屋は天気屋らしく、天気のことだけ考えていれば良いのよ!」
いつか少佐が言っていた言葉を思い出し、代わりに叫んでみる。明日はその『少佐』がやって来ると、連絡があったのに。
朱美は慌てて文房具の引き出しを開けると、カッターを取り出した。この手紙は、上手く処分するしかない。
まだ、死にたくはない。
「カチカチカチ・カチ・カチ」
朱美はカッターの刃を三段出し、ゆっくりと二段引いた。




