高速貨物列車の旅(十八)
「パイロットは、寝るのも仕事だ」
そう言われて大尉は、少佐と位置を入れ替わった。しかし、上官がこっちを見ていては寝れる訳がない。
それに明日、何かを運転する予定はない。東京に行ったら、ハーフボックスに乗って、何処でも行けるのだ。自動運転万歳だ。
「少佐は、この列車が好きなのですか?」
大尉は不思議に思っていた。
寝台列車に乗れば、楽々東京に行けるだろう。いや、そもそも飛行機で行けば、その日の内に東京へ着く。
少佐は口元を緩ませるだけで、答えない。再び帽子を脱ぐと、机の上が綺麗か確認し、そこに置いた。
机に左肘をつき、足を組んで大尉の方を見る。
「飛行機は脆いからな」
そう言うと、右手で飛行機を形作って飛ばし、肘をつけたままの左手で『バン』と何かを打ち込む。
右手の飛行機はたちまち、ユラユラと揺れながら膝の上にひっくり返って落ちた。
膝の上で『ボーン』となると、眉毛を八の字にして『ほらね』という顔。一部始終を見ていた大尉は、渋い顔だ。
「否定はしませんが、そう簡単に落ちはしません」
マッハで飛ぶ飛行機を狙うのは、そう簡単ではない。それに本土上空を飛ぶ戦闘機を、誰が狙い撃ちすると言うのか?
「そうか。じゃぁ今度東京に行く時は、大尉にお願いしよう」
ニッコリ笑って少佐が大尉を右手で指した。大尉は立ち上がらんばかりの勢いで前に顔を突き出す。
「是非!」
その勢いのまま、本当に立ち上がりそうになると、少佐は差し出した右手を立てに振り『待て待て』とたしなめる。
「燃料代は、給料から引いとくからな」「えっ!」
アフターバーナー全開で飛んでみたかったのに、それでは給料を燃やしているのと同じではないか。
「それは冗談として」
少佐が笑って、飛行機の話を打ち切った。
アフターバーナー代を『一秒千円』として計算中だった大尉は、青森から岩手に入る手前でズッコケた。
少佐はそれを無視して、話を続ける。
「私は、この『コトコト』揺られて行くのが好きでね」
そう言って、窓の外を指す。
「寝台列車には、乗らないのですか?」
「騒がしくてな。それに『秘密の会話』をするのにも都合が良い」
まるでそれは『イー407轟沈』の真相を、話すかのようだ。
「それはそうですが」
確かに、余り人に聞かれてはよろしくない話だ。
少佐は話を続ける。
「東京に着くのが、寝台列車より早いのも良い」
確かに。寝台列車が田端に着くのが朝六時。この貨物列車は朝二時に築地市場に到着する。
それは確かに『速い』のではあるが。
「お休みには、ならないのですか?」
少佐は寝ないのだろうか?
「休んではいるぞ?」
その返事に、大尉は納得していないようだ。少佐は言葉を続ける。
「それに、こうして考えている時間が、私の休み時間だ」
大尉の顔が苦悩で歪む。それは休みと言うのだろうか。
そう言えば少佐は『三時間しか寝ない』とか、聞いたことがある。戦場で医者として働くときは、そうだったのかもしれないが。
そんなことを聞いてしまっては、大尉は少佐への昇進試験を受けるのを、躊躇してしまうではないか。
「さぁ、パイロットは寝なさい。私も『休む』としよう」
少佐は腕を回して大尉に『横になれ』と合図する。そして足を組むのを止め、大尉から顔を逸らして、後方を見た。
「失礼します」
大尉は帽子を脱ぐと顔に乗せ、ゴロンと横になった。
目は瞑ったが、眠れる訳がない。
一方の少佐は腕を組み、顎を引く。足を広げて踏ん張る。そのままの姿勢で寝るのだろうか。
いや、目は見開いたまま休むのが、少佐のスタイルのようだ。




