高速貨物列車の旅(十七)
大尉の言葉に、少佐も満足そうに頷いた。
「八戸基地もあるし、その関係者だろう」
「そう言うことですか」
少佐は後ろの車掌車を、親指で軽く指さす。
「車掌の親戚か、そんな所だろう」
少佐は後ろに寄り掛かり、帽子を脱いで横に置いた。
「そうでしょうか?」
大尉は笑顔で首を捻る。今さっき、少佐から『疑え』と言われたばかりなのだ。少々疑って、問題はあるまい。
すると少佐も面白がって笑顔になると、大尉に聞く。
「ん? それは、どういうことでしょうか?」
肩を揺らし、おどけた口調で聞いて来る。可愛い部下の忠告に、耳を貸しましょう? 出来た上司であろうか。
大尉は得意げに話し始める。
「軍人なら『少佐』と判ったはずです。それに車掌だって、我々の身元照会をして、知っている訳ですから」
「ほうほう」
少佐は頷いた。確かに軍人なら制服を見て、階級はたちどころに判る筈だ。そのための階級章なのだから。
「ですから軍人であれば、自己紹介して少佐に敬礼する筈ですし、車掌の親戚であれば、『おいお前軍人だろ、少佐殿に挨拶しろ!』と、一言あっても、良かったと思います」
少佐は笑顔で頷いたが、相槌の言葉はなかった。
三秒間列車の揺れに合わせているだけで、沈黙が続く。
「では、あの男は、何をしているのだと、思うのかね?」
そう言われて大尉は、言葉に詰まる。それを少佐は面白そうに眺めているだけだ。
考えることは良いことだ。例えそれが見当違いなことであっても。
「あの男は、えーっと。うー。あっ『スパイ』だと思います」
苦し紛れの一言を絞り出し、大尉は答えた。少佐は『ブッ』と小さく噴く。右手で素早く口を押さえる。
あからさまに笑っては、教育上悪いと思ったからだ。
しかし、噴いた勢いではないだろうが、再び後ろに寄り掛かり、人差し指を大尉に向けてブンブン振る。
「スパイだとしたら、何を探っていて、味噌ラーメン食って、風呂に入って、こんな貨物列車に乗って、一体何処へ向かっていると言うのかね?」
大尉の意見に、少佐が疑問点を並び立てる。大尉の表情が段々と険しくなるのが判った。
やはり大尉は、苦し紛れに良く考えもせず、苦し紛れに適当なことを言ったのか?
少佐は良く考えないで言う『親父ギャグ』が嫌いだ。まさか大尉はもう『親父』になってしまったのか? まだ若いのに。
思い付いたことを直ぐ口にしてしまうのは、老化現象の一つだ。
一方の大尉も、少佐が『親父ギャグ』を嫌っていることを知っている。嫌と言う程に。
そして今、自分向けられた少佐の目が『疑いの目』になっているではないか。
だから、焦っていた。
ちゃんと理由があって『スパイ』だと述べたことを、証明しなければならない。
「東京へ向かう少佐の行動が、何処かから漏れていて、それを聞きつけた、うちと『敵対する組織』が送り込んだ『軍に雇われた民間人』ではないかと、推察します」
少し上を向きながらゆっくりと話す大尉を、少佐はじっと見つめていた。
表情は笑顔から、段々と真顔になって行く。後ろに寄り掛かっていた姿勢も前のめりになってきた。
大尉は少佐の意見を待っていた。しかし、少佐からの返事はない。自分の発言に対する評価もない。正面に突き立てたサーベルを両手で支えたまま、足を広げ、長椅子に座ったままだ。
大尉の方をグッと見たまま、横に置いていた帽子を取ると、再び深く被った。
帽子を定位置に固定すると、グッと腕に力を込め立ち上がった。
急いで大尉も立ち上がり、敬礼をする。
「大尉、こっちで寝たまえ」
少佐の顔に笑顔が戻る。しかし大尉は、返事に困った。




