高速貨物列車の旅(十六)
貨物列車が動き出す。僅かに石井少佐が横に揺れた。
直ぐに真っ直ぐに戻ると、笑顔で言葉を続ける。
「車掌が書類を盗む訳、ないだろう?」「はい」
「しかし、疑うのは良いことだ」「はい」
井学大尉は二度頷く。その間も貨物列車は動き続けている。
貨物線から本線に向かうのに、ポイントを幾つも通過すので、不規則な車輪の音。
ガタンゴトン、ガタタンタン、タッ、ガタンタン、タタタタッ。
専門家なら、ポイントの配線も判ろうかという『音』がしているのだが、井学大尉に、そんなことを考える余裕はない。
「あの男、どんな奴だと思う?」
早速質問が飛んで来た。
井学大尉はポイントを通過しながら考える。
「怪しいですが、ベテランの車掌だと思います」
途端に石井少尉の顔が曇る。答えた井学大尉は焦った。
「そっちじゃないよ」「はい」
そう言われて気が付く。少佐は風呂から上がって来た、顔色の悪いボサボサ男の方を気にしていたようだ。
大尉は考える。少佐はニヤニヤしながら返事を待っている。残された時間はあと三秒。下手な考え休みに似たり。
「何処にでもいる、普通の男だと思います」
「そう思うかね?」「はい」
そう答えながらも、不思議そうに少佐を見る。少佐には一体、何が見えていたのだろうか。医者として、重篤な病気の陰か?
「そんな男を、何故に車掌は庇っていたと思う?」
「庇う、ですか?」
大尉には首を傾げ考える。車掌が風呂上がりの男を、庇っている?
「そうだ。大尉には、どう見えたのかね?」
「ダメな後輩を、教育しているように見えました」
「はははっ」
にこやかな顔をしていた少佐が、声を上げて笑ったものだから、大尉も釣られて笑いそうになるが、そこはグッと堪える。
すると少佐の顔から笑顔が消え、目が鋭くなった。やはり少佐に笑顔は似合わない。
「ここで、味噌ラーメン食べさせたんだろ?」
「はい。そうですね」
もう匂いはしないが、大尉は辺りをキョロキョロする。
「カップ麺は、一つしかなかった」「半分こですか?」
「いや。箸は一膳だった」「すると、車掌が食べたと」
「何故車掌が?」「上官、いえ先輩だから? です」
少佐は上機嫌で笑う。ちょっと体を反らして大尉を指さす。
「軍隊じゃないんだから、別に違うだろ」「はい」
大尉はバツが悪そうに、首元を抑えて頷いた。
「仕事中に、風呂に入れたのか?」
「丁度仕事が終わった? のでしょうか」
「仕事が終わって、何故車掌車に乗る?」
「えーっと、家の近くまで。次の駅まで同乗するのでしょうか」
少佐は頷いた。どうも井学大尉は『好意的』に受け取ってしまいがちなようだ。
「もう少し、疑ってみたほうが良いぞ? 車掌のときのように」
少佐の言葉に、大尉はハッとする。
そうだ。車掌が車掌車に乗っただけで、あんなに焦って疑ったのに、『制服も来ていない男』が車掌車に乗って、しかも車掌がそれを許しているのだ。
「関係者、でしょうか?」
「どっちのだ?」
少佐に言われても、まだ判らない。
どっちのって、どれとどれ? 大尉は左右の目を上下に動かし、左右にも動かして考える。
目の前の少佐は親指で、少佐自身と後ろを交互に指している。
それがヒントなのだろう。
「軍の、関係者です!」
少佐の笑顔を見て、大尉はホッとする。どうやら当たったようだ。




