試験(一)
「そういうこともあるよ」「うん」
「元気だそうよ。ね」「うん」
日本史の試験の出来が悪かった琴美は、うな垂れていた。
隣では『山』が当った真里が、琴美の肩を叩いている。
梅雨休みが終わって、夏本番。
授業もこれから秋に向けて、本格始動する。
沸き立つ入道雲の様に、気分も盛り上がるのが夏だ。
「ねぇ、ちょっとアイスでも食べに行こうよ」「うん」
琴美は元気がない。さっきから「うん」としか答えない。
それもそのはず。琴美は得意な日本史で、史上最低な点を取ってしまったに違いないからだ。
「亜紀も行くでしょ?」「行く行くー」
隣にいた亜紀が、直ぐに答えた。
琴美、真里、亜紀の三人は仲良しだが、亜紀一人だけが家のある方向が違うのだ。だから、駅までしか一緒に居られない。
「じゃぁ駅前のサマストにしようか」「うん」
「私、あそこのサマストダブルバニラすきー」
「おいしいよね。私はチョコミントかな」「うん」
サマストとは、喫茶店『サマーストリーム』の略称で、夏は甘味処だが、冬は余り開いていない。実に判りやすい店だ。
「琴美、『うん』しか言わないじゃん」「うん」
「だからー、『うん』じゃなくてー」
真里と亜紀が笑って琴美を励ました。
琴美は、試験のことが頭から離れなくて困っていた。
それでも真里と亜紀の二人が、背中を押したり、頭を揺するものだから、ポロリと本音が飛び出してしまった。
「私はオレンジシャーベットにする」「お、今日はオレンジですか」
亜紀が琴美の前に回り込み、指を一本付き立てて横に振る。
「琴美さん、それは違いますよ?」「何が?」
琴美は足を止めて亜紀に聞く。一人歩き続けた真里が三歩先へ進み、亜紀の後ろで振り返った。
「真里はね、『アイスクリームを食べに行こう』と言ったのだ。シャーベットではなーい」
出た。亜紀の屁理屈。
別に、シャーベットでも良いではないか。似てるし。
「そうだ。シャーベットはアイスではなーい。琴美、今日はオレンジシャーベットは無しぃ」「えー」
二人に言われて琴美は口を尖らせる。
どちらでも良いではないか。
歩き始めた二人の後に続いて歩き始めた琴美は、直ぐに何かを思い出して二人の間に割って入る。
「ねぇ、真里はさ、『アイスでも』と言ったんだよね」
「そうだっけ?」
琴美はニヤリと笑って言い返す。
「アイス『でも』の中には、『シャーベットが含まれる』と思うが、どうかね? 亜紀殿」
そう言われた亜紀は右手を顎に当て、『うーん』と少し考える。
「この場合の『でも』とは、『アイスなら真里が奢るけど、それ以外は自腹』という意味が込められている。かな」「そうなんだ」
「えー。なんでー」
突然の解釈に、真理が目を大きくして驚いている。
「じゃぁ、私も『ダブルバニラ』でいいや」
琴美はポンと真里の肩を叩いた。亜紀もついでに頷く。
良し良し。賛成多数で決定だ。
「ねー、何で私の奢りなのよ」
真里は不満そうだ。それもそうだろう。
まだ夏が始まったばかりなのに、夏の軍資金が底をついてしまう。
「私は『バニラセット』でいいや」
亜紀も真里を見ながら頷いて言う。容赦なく高いメニューを宣言。
「だから、何で私の奢りなのよぉ」「いいだしっぺだからぁ」
「いいだしっぺの法則、その二十三。驕れる平家は久しからず」
亜紀の法則は幾つもあるが、どんな意味なのかは良く判らない。
「よく判りません」
真里の言う通りだ。入道雲が町を包むまで少し時間がある。それに比べ亜紀の法則を理解するには、相当の時間が必要だろう。
三人は笑いながら『サマートルネード』の扉を開けて中に入る。
最後になった亜紀は、だらしなく曲がった看板が気になった。




