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高速貨物列車の旅(十五)

 軍人二人に取り囲まれても、佐々木車掌は落ち着いていた。発車時刻は迫りつつある。時計を見るまでもない。

 グッと視線を石井少佐にぶつける。怯まない。


 ここで何か起きたら、誰も出発の合図を出す者がいない。直ぐに誰かがやって来るはずだ。

 何しろ明日の『市場の競り』に間に合わなかったら、損害額は軽く見積もっても五千八百万円。

 きっとこの二人が一生掛かっても、払ってくれるに違いない。


「はい。どうぞ」


 苛立ちの表情を造り、佐々木車掌はビニール袋をサッと広げて、中身を石井少佐に見せる。

 石井少佐は歩み寄って、それを覗き見た。カップ麺のゴミだ。汁まで飲んだのか、何にもない。

 ビニール袋は十分奇麗で、再利用可能であろうか。


 佐々木車掌はゆっくりと確認する石井少佐に対し、急かす言葉を十個程考えていたのだが、ジッと見ていた渋い顔を、佐々木車掌の方に向けると、ニッコリと笑った。


「ご苦労様です」

 そう言って頷くと、井学大尉の方を睨んだ。そんなのお構いなしに、ゴミ袋を握りしめ、佐々木車掌は動き出す。


「では、失礼します。もう直ぐ発車ですから」


 一礼して、石井少佐にはぶつからないように体を躱し、デッキに出る。そしてそのままドアも閉めず、ホームに向かう。

 逃げ出すように見えても不愉快なので、普通の速度で一段づつ梯子を下りる。


 案の定、石井少佐はこちらを見ているのだろう。視線を感じる。何を読み取っているのかまでは、判らない。

 不気味な人だ。人懐っこい弟が毛嫌いするのも判る。


「次の停車は、何処ですか?」


 ホーム降りて、最後尾の車掌車に向かおうとしたときに、声を掛けられる。佐々木車掌は振り向いた。


「次は『盛岡』、その次は『北上』、後は順に『一ノ関』『小牛田』『宮城野』」

 石井少佐は佐々木車掌の表情を見て、両手を横に振る。


「あー、すいません。もう結構」


 佐々木車掌は腕時計を確認して、小走りに走り出す。その後ろ姿を、石井少佐は苦笑いで見送った。


 振り返ると井学大尉が、まだ敬礼をしている。

 しかし目だけはデッキの方を見ていたので、石井少佐と目が合った。気まずそうに視線を逸らし、正面を見て、再び『ビッ』と敬礼の姿勢をとる。


「車掌、怒っちゃったじゃないかっ」

 苦笑いのまま、井学大尉の頭をコツンと小突く。軽くだ。

 しかし井学大尉には強力な一撃だったのか、グラリと揺れる。


「申し訳ありません!」

 そう言いながら、再び敬礼の姿勢に戻り、目線を石井少佐から逸らして、やや上を見る。

 機密文書を狙っていると確信して走り出したのだが、どうやら見当違いも良い所。全然違ったようだ。

 ちょっと恥ずかしい。


 きっと石井少佐は、車掌がそんなことをする筈がないと、思っていたのだろう。

 部下の先走り行為を笑いながら、机の方の椅子を指した。

「良いよ。座りなさい」

 そう言いながら、自分はさっきと同じように、長椅子の方に歩く。どうやらこちらの椅子の方が、お気に入りらしい。


「はっ!」

 井学大尉は敬礼を止め、気を付けの姿勢に戻った後、ドアの方に向かい、扉をそっと閉める。

 そして机の前、椅子の所にさっと戻って来ると、『休め』の姿勢で、石井少佐が座るのを待つ。

「失礼します!」

 石井少佐が長椅子に座ったのを見て、井学大尉も椅子に座った。


「よくやったな」


 小言が来ると思っていた井学大尉は、目を丸くして『お褒めの言葉』を噛みしめていた。

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