高速貨物列車の旅(十四)
弓原はカバンを持って、何処へともなく走り続ける。
進む方向は0ー0ー0。北である。北から来たのに、北に帰る。それはまるで『寝台特急北斗星』のようであるが、この世界には存在しないのだ。残念。
何故なら、北極星まで鉄道で到達できる、技術力がないからだ。
それはまぁ冗談として、佐々木車掌が弓原の肩を掴んで、減速させようとしている。
少し抵抗しているが、ブレーキ操作は車掌の十八番だ。
「止まりなさい!」
実際のブレーキ操作も、そうしているのかは不明だが、いずれにしても弓原は止まった。流石である。
「すいません。ちょっとびっくりしまして」
「いやいや、こちらもですよ」
そう言って、ちらりと後ろを振り返る。白い軍服を着た二人が、追いかけて来る様子はない。
指さし確認をして線路を渡る石井少佐の後を、飲みかけのお茶を持ったまま、くっ付いて歩く井学大尉の姿が見える。
「あっ、車掌車、間違えた?」
「良いんです。このままこのまま」
今度は佐々木車掌が、弓原を押し出す。その勢いで弓原はゆっくりと歩き始めた。
「我々は、後ろの車掌車に移動します。彼らが前です」
「助かります。ありがとうございます」
理由が判って、弓原の顔に安堵の表情が戻る。どうやら、よっぽど任務に支障が出るところだったようだ。
「いえいえ」
そう言って歩き出した佐々木車掌であるが、急に思い出して言う。
「先に乗車していて下さい。直ぐに戻ります」
「はい」
また弓原の表情に不安がよぎる。しかし佐々木車掌は、もう走り始めていた。
向かう方向は、さっきの車掌車であろう。
しかし、石井少佐と井学大尉も近づいて来ていたので、弓原は前を向き、早足で歩きだす。
そして、最後尾の車掌車に乗り込むとドアを閉め、ベンチの椅子にガクッと座り込んだ。
佐々木車掌は、石井少佐と井学大尉が来る前に、車掌車へ行こうと考えていた。
ゴミ箱のカップ麺を処分しなければと、思ったからだ。
後から来た客に、失礼だと思ったのもあるが、変なことに使われても困るだろう。
そう。例えば『指紋採取』とか、『DNA検査』とか、そういう類のものだ。良く知らんけど。
最後は小走りになって、先に辿り着く。
急いでデッキに上がり、ドアを開けたまま机の下にあるごみ箱を探す。それは直ぐに見つかった。
そして、ゴミ箱にかけてあるビニール袋ごとサッと取り出した。入り口を握りしめて、ドアに戻る。
しかしそこで、ドンとぶつかった。跳ね返される。
「何をしているんだ!」
走って来た井学大尉だ。息を切らして、目をカッと見開いている。何故かお怒りのようだ。
それでも佐々木車掌は、冷静に事実を申し上げるだけだ。
「ゴミを、片付けておりまして」
「見せろ!」
スッと右手を差し出す。きっと『盗んだ何かを隠している』と思っているのだろう。冗談じゃない。
「止めなさい」
「はっ!」
後から来た石井少佐が、落ち着いた声で井学大尉を咎める。さっきもそうだが、口調は落ち着いていて、優しい感じだ。
それでも井学大尉には効果てき面で、一歩下がって敬礼をした。
敬礼をしつつも、怪しい人物を逃がすつもりはないようだ。グッと顎を引き、佐々木車掌を睨み付けたままである。
そんな井学大尉を『まぁまぁ』と、孫でも諫めるような優しい表情で見つめている。
が、しかし、そんな優しい表情とは逆に、井学大尉を押し退けて車掌室に入って来た。
そして、佐々木車掌を真っ直ぐに見る。
「見せて貰えますか?」
落ち着いた声。しかし石井少佐の表情から『穏やかさ』は消えた。




