高速貨物列車の旅(十)
連結音を堪能した佐々木は、係員に挨拶して歩き出す。
青森方面からの車掌車に同乗している『お客様』に、交渉をするためだ。
すると目指す車掌車から、見慣れた『同僚』がホームにトンと降りて来たのが見えた。暗いので、殆どシルエットだけであるが。
夜だし、それに貨物のホーム上は、煌々と明るい訳ではない。
ではあるのだが、向こうもこちらのシルエットで、見慣れた『同僚』と判別が出来たらしい。
「兄貴!」
そう言って、サッと手をあげた。
感動の再会なのだろうか。小走りに来る。それを迎える兄。きっと兄としてのセリフは『弟よ!』であろう。
「何だよ」
違った。全然違った。それもそうだ。二人は双子の兄弟である。
今は互いに結婚もしていて、子供もいるので別れて住んでいるが、その家は隣同士。だから、毎日顔を合わせていると言っても良い。
それで職場も、同じなのだから。
「なぁして汗、今日はぬぐいけ?」
兄は歩きながら聞く。歩いて来た弟が汗びっしょりなのに、驚いたのだ。言われた弟は、右手の親指で後ろを指さす。
「あの『大将』ば、ぼってこい。頼むわ」
そう言い切ると、弟は手を横に振る。しかし兄は、一分だけ人生の先輩として、弟を叱咤した。
「なぁに言っちょる。同じ国家公務員かだる?」
近くまで来て、二人は目が合う。やはりいつも見る顔。それはまるで鏡のようだ。
「うぇー、もう無理。こうぇじゃぁ」
鏡ではなかった。弟の顔が歪み、手の角度も違う。弟は両手の平を上にあげ、そのまま兄とすれ違った。
仕方ないではないか。それも仕事だよ。ま、気持ちは判る。
「乙!」
弟は手をあげて、事務所の方に歩いて行ってしまった。
兄は気を引き締める。
なぁに。弟は『大将』と言っていたが、今日の客はたかが『少佐』ではないか。そりゃぁお前『少佐』だって、偉いのは判る。迫力だってあるだろう。
でもな、弟よ。本当の迫力、本当の恐怖ってのはな、顔じゃない。まして目でもない。見た目に惑わされては駄目だ。
俺は見たよ。本当の恐怖ってやつを。
知ってるか? あの『大佐』って人をさ。
いやぁ、あれは今思い出しても本当に怖かったしさ、『これが偉い人かぁ』って、思ったよ。
それで今回はさ、その人にさぁ、頼まれたんだよ?
『良くしてくれ』って。ただ一言。
なぁ? 怖いだろぅ? お前なら、どう思うよ?
考えながら歩いていたら、最後尾まで来ていた。
手摺を掴んでデッキに上がると、笑顔を作ってドアをノックする。
「車掌の佐々木です」
「はい」
律儀に中から返事があった。
お互いに窓越しに姿を確認していたのだが。
佐々木はドアを開けて車掌室に入った。ペコリとお辞儀をする。
「お疲れ様です。早速のお話なのですが」
「はい」
冷静に答えたのは、見覚えのある士官。確か石井少佐だ。
「前の方の車掌室でしたら、暫く二人きりになれます」
そう言いながら、ゆっくりと右手で前の方を指す。
「ほう」
石井少佐は車掌の顔と、右手の様子を同時に凝視している。
「お仕事のお話も、し易いのではないかと思いまして」
「判った。移動しよう」
理解が速い。スッと立ち上がった。
「ご案内します」
佐々木も直ぐに動き始める。と同時に、時計を見た。




