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高速貨物列車の旅(八)

 今度こそ八戸貨物駅に着いたと思ったら、やっぱり通り過ぎてしまった。しかし車掌の佐々木は、デッキに出てしまっているので、弓原は質問ができない。


 まぁ、悪いようにはならないだろう。車掌さん、良い人だし。


 弓原は元来民間人。人を端から疑うようなことはしない。

 それに、電車にだって滅多に乗ったことはないのに、今日乗車しているのは貨物列車なのだ。

 知らないことの方が多いのは、当たり前。


 弓原は山手線ではできないような、でかい態度『足を組む』をやってみる。慣れていないからか、それともフワフワな椅子だからか、体が安定しない。

 三人分の席を使うように、両手を広げて体を支える。


 どうだ! デカい態度! これで葉巻なんが咥えたら、周りの乗客が離れて行くに違いない。

 広げた両手を元に戻し、左手を腹の上、右手で葉巻を咥えたフリだけしてみる。


「キーッ! ガタン!」


 列車が停止し、弓原は椅子の上で崩れ落ちた。やはり、慣れないことはするものではない。

 咄嗟に左ひじをついたので、完全に横倒しにはならなかったが、ちょっと恥ずかしかった。


 車掌の佐々木は、後ろを見ている。

 どうやら、見ないでいてくれたようだ。やはり良い人だ。


 と思ったら、そうではなかった。単に貨物列車が後ろに動き出しただけだった。

 車掌がデッキの端で旗を振りながら、前を見ている。


 さっきまで『遠ざかる線路』だったのが、『迫りくる線路』になる。面白いではないか。まるで、運転手気分だ。

 弓原は童心に返り、夢中で前を見続ける。


 貨物列車は、今来た八戸線ではなく、広い貨物駅の方に向かっているようだ。まだ説明を聞いた訳ではないが、きっとそこが『お風呂に入れる』八戸貨物駅なのだろう。

 そう言えば、何で貨物駅の方は『八戸』なんだろう。


「着きましたよ!」


 車掌の声が聞こえて、弓原の思考が停止する。どうやら八戸の謎は、永久に解けそうにない。


「ご苦労様です」

「いえいえ。仕事ですから」

 にこやかに、車掌としての仕事を全うした佐々木が、謙遜して手を横に振る。


「貨物列車って、バックも出来るんですね?」

 佐々木にしてみれば当たり前のことなのだが、関係者でなければ知らないことなのだろうか。

「ええ、機関車で後ろから押すんですけど、ゆっくりだったら行けますよ」

「そうなんですね」

「はい」

 佐々木は当然のこととして答える。やっぱり弓原は、知らなかったらしい。驚いた顔をしている。


「後ろ向きの運転席に、乗り換えるんですか?」

 機関車の方を指さして、弓原が聞く。佐々木は機関車の運転手ではないのだが、ちょっと可笑しくなって笑った。


「いえいえ。前を向いたまま、後ろに下がるんですよ」

「そうなんですか!」

「はい」

 やっぱり、当然のこととして答える。


「危なくないんですか? 信号、見えませんよね?」

「あぁ」

 弓原は質問をしながら心配顔になったのだが、佐々木の表情は相変わらず笑顔のままだ。


「運転手が見える位置で『信号旗』振ってますし、無線も持ってますし。大丈夫ですよ」

 そう言って『車掌の七つ用具』の内、二つを弓原に見せた。

「なるほどぉ」

「はい。なるほどです」

 弓原の笑顔を見て、佐々木も頷いた。そのまま無線を口元に持って行って、『仕事用の声』を出す。


「八戸貨物駅ぃ、八戸貨物駅ぃ。

 当列車はぁ、青森方面から連結のためぇ、十五分停車致しますぅ。

 お風呂に入るならぁ、荷物を全部持ってぇ、降車願いますぅ」


「それは早く行かないと!」

 ぐずぐずしてられない! 弓原は思わず立ち上がる。

 車掌の佐々木は目を細めて笑顔になったが、乗客の安全のため、放送を続けていた。


「足元に注意してぇ、お降りくださいぃ。

 ホームとの間に、かなぁりの段差がぁ、ございますぅ」

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