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高速貨物列車の旅(七)

 本州最北端を名乗りたい大湊線の終着駅。それが大湊駅である。

 そこから魚介類を満載した高速貨物列車が、東京を目指して出発。今日は積み荷の他にお目付け役が二人、車掌車に同乗している。

 だから小さな車掌室は、人で一杯だ。


 一人は机の前に座っている、車掌の佐々木。微妙な空気に耐えかねて、机に向かって仕事をしている。

 今覚えているのは、駅と信号所を通過する時間だ。

 しかし、毎日のことなので、体に染みついているのだが、それは気にしないことにする。


 二人目は、詰めれば三人は座れるであろう長椅子に、ドカッと座って、車掌を見つめる軍人。白い制服の士官だ。


 それは、帝政ロシアの駆逐艦三隻を轟沈させ、口封じに味方のイー407まで轟沈させた『作戦参謀』であらせられる。

 石井少佐、その人である。


 誰が見ても『バリバリの士官と判る白い軍服』を着て、深く被った帽子の奥から、鋭い視線を投げかけている。

 おまけに、礼装用か実用か判らぬが、サーベルを目の前に突き立て、それを両手で支えている。


 絵に描いたような軍人であるが、列車の動きに合わせて微かに動く辺り、絵ではなく本物のようだ。

 機嫌が良いのだろうか。固く閉じられた口元は、微かに笑っているようにも見える。


 そんな様子を横目に車掌室の中央で『休め』の姿勢のまま立っているのは、石井少佐の専属パイロット、井学大尉である。


 愛機は大湊基地のバンカーに置いて、石井少佐の護衛としての任務である。

 ずっと持っていた少佐の書類カバンは、チェーンで椅子にロックしてあり、今は手にしていない。優しい少佐の温情だ。


 三人は大湊駅を出発してから、ずっとそのままだった。


 いや、車掌の佐々木だけは、時々仕事で外に出るのだが、車掌室の扉を閉める度に、小さく溜息をしていた。


 早く八戸貨物駅に到着したい。今日の担当はそこまでだから。

 タバコでも一服したい気分だ。息が詰まる。そう思いながらデッキで首を振る。

 今は星を見るだけにして、再び車掌室に戻った。


「車掌さん。八戸には何時かね?」

「十七時五分です」

 石井少佐の質問に、車掌が答えた。これで何度目だろうか。すると質問をした少佐は、大尉の方を見た。


「ヒト・ナナ・マル・ゴーであります!」


 部下の『翻訳を聞いて』満足そうに少佐が頷く。このやり取りも何度目だろうか。

 再び車掌は、椅子に座った。そして左手で帽子を少し持ち上げて、右手で汗を拭いた。


 この車掌車は新型で、部屋の真ん中にあったストープはなく、エアコンが作動している。

 その温度が、少し高くなっていたのかもしれない。いや、そうではない。人間が多くて、暑くなっているのだ。

 この流れる汗はきっと暑さのせい。そうに違いない。


「車掌さんも『佐々木』なんですね」


 何を言っているのか判らない。しかしそれは『事実』であるので頷いた。

「はい。佐々木です」

 それを聞いた少佐が、ゆっくりと頷く。いや、揺れただけかもしれない。


「この間の車掌さんも、佐々木さんでね」

 そう言うことか。納得だ。

 車掌は久し振りの話題が『他愛もないこと』で、ホッとしていた。


「この辺は『佐々木』の姓が、多いんですよ」

「そうでしたか」


 少佐も納得したのか、ゆっくりと瞬きをしたのが見えた。

 きっと『佐々木村』とか、そういうのがあったとでも、思っているのだろう。ちょっと違うのだが。まぁ良い。

 車掌の佐々木は再び静かになった車掌室で、再び腕時計を覗き込んだ。


 嬉しい。五分も経過しているではないか。

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