高速貨物列車の旅(六)
佐々木の言った通り、街を抜けると田んぼが広がった。
夜の田んぼを吹き抜ける風が、開けた窓、そして車掌が開けたドアからも入って来る。駅が近いのだろう。
弓原は思う。米はやはり良い。
自給率なんて意味のないものは、計算するのを止めてしまったが、必要量は計算できる。
現在の年間米消費量は、一人だいたい百キロ。ちょっと前に『百キロ切った』とか、ニュースで言ってた。
朝食でパンを食べるのは、京都人くらいだと思っていたのに、日本人も変わったものだなぁと思う。
日本人なら米を食え。米を。
青森県のお米なら、『華吹雪』『華想い』それに『華さやか』か。じゅるり。うーむ。食べたことないなぁ。
そりゃそうだ。みんな『酒米』だったな。
「青森からの列車にも『お仲間』が乗っているそうですよ」
米を食えと言っていた自分が、さっき食べたのは『ラーメン』という名の、小麦であったことに気が付く。少々焦りを感じていた所に、佐々木の言葉で更に「ハッ」とした顔になる。
「そうですか」
誰だろう。会いたくない。きっと碌なことがない。
晴嵐の鈴木少佐が言っていた『命を狙われている』が、気になってしょうがない。
思い出していた。
はるばる東京から青森まで、寝台列車に揺られてやってきた。
青森県、津軽海峡付近で『変な病気』が流行っていると聞いて、調査を命じられてきたのだ。
東京で流行っている『雨に当たると溶ける』が、青森県でも常態化したのかと思われた。
よりによって津軽海峡付近は、帝政ロシアとは休戦中であるが、戦闘地域であるからにして、軍のお世話になることになった。
それが今時プロペラの、小さな戦闘機に乗せられて、雲の観測を始めたのがきっかけだ。
ジェット戦闘機の方が、カッコ良かったのに。しかしそれだと『レーダーに捕捉されて撃墜される』からって。
プロペラ機。いやいや、今時個人用だって『ジェット機』なのに。絶対予算不足だったに違いない。
「やっぱり『別の部屋』の方が、良いですよね?」
「え? ええ、そうですね。出来ればですが」
弓原の表情を読み取った佐々木が、笑顔で頷く。
しかし弓原には、その意味が判らない。
寝台列車じゃあるまいし、貨物列車で『別の部屋』なんて、用意できる訳がないじゃないか。首を捻る。
「青森からいらっしゃる『お仲間』は、お二人らしいんですよ」
「そうなんですか。ご夫婦?」
平服に着替えた弓原は、もう感覚まで『民間人』に戻ってしまったようだ。
列車に揺られながら『寝台車のリビング』にでも、構えている気分なのだろうか。
「違いますよぉ」
一流のスパイだからこそ『面白い冗談を言うなぁ』と思ったのか、佐々木はおかしそうに笑い始めた。
「何かね『作戦参謀』とやらの『少佐様』でして」
「何か、凄い偉い人ですねぇ」
「そうなんですよぉ。扱いに困って」
「ですよね。そんな偉い人だったら、寝台車にでも乗れば良いのに」
「そう思いますよね!」
佐々木が右腕を振り、シュっと指を弓原に向ける。
「もう『飛行機は嫌いだ』って言われて、いっつもご利用になるんですけど」
今の日本、高速移動は基本『自家用ジェット』なのだ。偉い人ならなおさらなのに。
「あぁ、飛行機ダメな人って、結構いますよねぇ」
「えぇ。そうなんですよねぇ」
面倒な人らしい。困った顔だ。弓原は自分も『飛行機ダメ』の仲間入りをしたばかりなのに、同調して困った顔になる。
後ろから一発殴って、飛行機に押し込んでしまえよ。とは、言えないのだけれど。
何しろ少佐は、少尉よりずっと偉い人なのだから。
「それに、何だか気味が悪い人で。あっ、『シーッ』ですよ?」
「判ってますよ」
慌てて人差し指を口に充てた佐々木を見て、弓原は頷き、笑う。
どうやら佐々木も、弓原が民間人になり切っていると、感じ始めているのだろう。
「すいません。その少佐様と、お付きの人と二人でね」
「そうですか」
少し安心して頷いた。
知らない人だと良いと思っていたのだが、そんな偉い人の知り合いはいない。大丈夫だ。
そう思ったのだが、弓原は思い出す。
イー407の艦長・上条さんは中佐だった。
副艦長の宮部さんは少佐。なるほど、副艦長クラスの人かしら?
最後に思い出したのは『晴嵐』のパイロット、鈴木少佐。あの人も『相当偉い人』だったのか。そうは見えなかった。
やはり階級と人格は、別のようだ。
しかしあんな人だったら、寝台車の同室でも悪くはない。面白い人だった。
きっと眠れない『楽しい夜』を過ごせることだろう。
コックピット? 冗談じゃない。それは御免被る。




