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高速貨物列車の旅(五)

 貨物列車が動き出すと、車掌が車掌車に入って来た。丁度弓原が、味噌ラーメンを食べ終わった所のようだ。

 しばし微睡み余韻に浸っていたのだが、車掌の佐々木を見て我に返る。顎を引き、佐々木に視線を合わせるとペコリとお辞儀した。


「ごちそうさまでした。凄く美味しかったです」

「それは良かったです」


 二人共ニッコリと笑った。

 弓原が空になったカップを、佐々木に返却すべきか、何処かに捨てる場所があるのか、迷っている。


 それを見た佐々木は軽く頷いて、弓原からカップを受け取ると、机の下にあるごみ箱に捨てた。

 ゴミ箱に被せてあるビニールが、カサカサと音をたてる。しかし、汁の一滴も残さず、食べ切ったようだ。


「少尉殿、足りました?」

 心配になった佐々木が弓原に聞く。すると弓原は、手を左右に振り出した。佐々木は心配そうに聞く。


「おや、足りませんでしたか。やっぱり軍人さんは大食漢ですな」

「いえ、そうじゃなくてですね。お腹はいっぱいです」

 弓原の言葉と態度が、一致していないように見えた佐々木は、訳が判らず首を傾げる。

 弓原は自分のシャツ、襟の辺りを引っ張って佐々木に説明する。


「もう平服に着替えたので、『少尉』は止めて下さい」

 笑顔でお願いした。すると佐々木はポンと手を打ち頷く。


「なるほど! 民間人を装っての、任務なんですね!」

 叩いた手で今度は弓原を指さし、嬉しそうに縦に振る。

「あっ、あー、ええ。そうなんですよぉ」

 只の民間人に戻っただけなのだが、そういうことにして弓原は調子を合わせた。


 面倒だ。この際、それで良いではないか。

 すると佐々木が、少し困った顔をして話始める。


「この先の八戸貨物駅で、事務所のお風呂にでも入って貰おうかなと思っていたのですが、それだと『軍人さん』ぽくないですねぇ」


 何て言うことだ! 不覚! もうちょっと軍服を着ていれば、良かったのに! 着替える前に言って欲しかった。


 潜水艦に風呂なんてないのだから。無性に湯舟に入りたくなってしまったではないか。

 あぁ、もう背中や首筋が、ムズムズしてきてしまった。頭も何だか痒い。どうしてくれよう。もう一度着替えるか?


 弓原は、カップ麺を見たときとは逆に、むしろあからさまに、残念そうな顔をする。それを見た佐々木はまた笑顔になると、両手を上下に振って『落ち着いて』を表現すると、再び口を開いた。


「じゃぁ、そうしたらぁ、私が一緒にご案内しますから、離れないで付いて来て下さいね」

 きっと平服の弓原を見た他の職員に『民間人に化けた軍の偉い人』と、説明してくれるのだろう。


「判りました! 是非、お願いします!」

 佐々木は思う。この軍人さんは、非常に判りやすい人だと。こんな人と一緒の部屋なら、気を使わないで済むだろう。


 窓の外を『八戸』と書かれた駅の看板が通り過ぎたのを見て、弓原が思わず声をあげる。


「あっ? 八戸、通り過ぎましたよ?」

 お風呂を通り過ぎてしまったと思って、慌てたのだ。


 しかし、地元民でもある佐々木は、窓の外を見て平然としている。暗闇に見えるのは、馬淵川。鉄橋を渡るガタタンという音もする。

 奥から伸びてきた臨海鉄道の線路が、鉄橋の手前で大きくカーブし、別々の鉄橋を渡って更に続いている。


「大丈夫ですよ。左に曲がってですね、もっと田んぼが広がって来てから現れるのが、八戸貨物駅ですから」

「そうなんですか」

 弓原はホッと息を吐いた。どうやら八戸駅と八戸貨物駅は、少し離れているようだ。


「今走っているのは八戸線でして、東北本線ではないんですよ」

 ガタタンと音がする下を指さし、佐々木が言う。

「ほうほう」

 弓原が相槌を打つと、佐々木は頷いて海の方を指さした。


「あっちの湊駅の方からも、貨物が来ましてね。みんな次の貨物駅で連結して、東京に向かうんですよ」

 どうやら八戸市内には、沢山の線路が縦横無尽に張り巡らされているらしい。納得だ。


「そうなんですねぇ。東北本線に『八戸』って駅は?」

「あぁ、八戸市じゃないので『尻内』って駅なんですよ。

 そっちはね。昔軍部が『あんまり海に近付けるな』って

 言ったとかで、八戸の市街地を通っていないんですよ」

 陸地の方を指さして、東北本線の方を指で辿りながら説明する。

 弓原には土地勘がない。それでも『向こうの方』に離れているのは判った。


「そうなんですかぁ」

「そうなんですよぉ」


 二人は笑顔で頷いた。弓原は、納得したような顔をしていたのだが、口を開くとポツンと話し始める。


「でも、確か、品川区にないのに『品川駅』なんですから、『八戸駅』にしたって、良かったのではないですか?」

 車掌の佐々木は慌て出す。


「いやいや、そぉいぅ訳には、いかんのですよぉ」


 何だか佐々木の言い方がおかしくて、弓原は笑った。

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