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高速貨物列車の旅(四)

 外で『トン』という音がして、弓原はその音で目を覚ます。どうやらホッとして、ウトウトしていたようだ。


「おや、お休みでしたか。失礼」

 ドアが開いたのだが、その陰になっていた弓原を見つけ、声をかけたのは、車掌の佐々木だ。


「いえいえ。まだ寝るつもりは、なかったんですけどね」

 そう言いながら体を起こした弓原は、じっと佐々木の手元を見た。扉が開いたその時から、良い香りがしていたのだ。


「インスタントですけど、どうぞ」

「良いんですか!」


 弓原の目が子供のように輝く。それを見た佐々木の顔も、笑顔になった。やはり持って来て正解だったようだ。

 スッと弓原の方に、カップ麺を差し出した。波打つ蓋の間から、熱そうな湯気が漏れ出ている。この香りは、味噌ラーメンだ。


「あっついから、気を付けて下さいね?」

「はい! あ、凄い。熱々だ!」

 弓原はラーメンが好きなのだろうか。いや、そうに違いない。

 それはもう、近年稀に見る笑顔を佐々木に振りまきながら、涎をたらしている。

 両手でカップ麺の温もりを感じながら、右肩付近で口を拭いた。

 そのまま、目は爛爛としてカップ麺を眺めている。


「私、硬めが好きなんで!」


 堪らず言い包めて、蓋を抑えていた箸を口に咥えると、蓋を開ける。あと何分とか聞くまでもなく、とにかく食べたかったようだ。


 見渡しても、カップを置く場所もないと思ったのか、蓋がカップと分離しないように引っ張り、少し残す。

 するとたちまち車掌室が、味噌の香りに包まれた。


 その香りを箸を咥えたまま、目を瞑り、首をゆっくりと振り、堪能しているではないか。

 実に幸せそう。幸せとは、こういうものだと言えるだろう。多分目を開けているのだろうが、ニッコリ笑っているので良く判らない。


 それでも、左手でしっかりとカップ麺を保持し、自由になった右手で口から箸を離す。

 しかし、片手で割れないと思ったのか、再び割り箸を半分咥えると、そのまま右手で残り半分を引っ張り、二つに割った。

 それを再び口で揃え、右手にしっかりと持つ。


 正しい箸の持ち方だ。育ちが良いのだろう。準備完了となった所で、佐々木の方を向いた。


「頂きます!」


 深々と頭を下げた。その一部始終を見ていた佐々木は、笑顔のまま右手を『どうぞ』と差し出す。


 佐々木は食事中位、テーブルを貸そうかなと思っていたのだが、弓原はテーブルなんてなくても、問題なかったようだ。

 そんなことお構いなしに、長椅子の上で食べ始める。佐々木は笑いながら椅子に座った。


 机の上に左手を添え、足を組んで弓原を眺める。

「私は事務所で食べたので、遠慮なくどうぞ」

 物凄い勢いで食べていた弓原が、目だけ佐々木に向け、そのままお辞儀する。


 もぐもぐして飲み込んだ後、「すいません」とだけ言うと、佐々木も右手をパタパタさせ、「いいのいいの」と相槌をした。

 そのまま弓原は、カップ麺を物凄い勢いで食べ続ける。


 佐々木もさっき、同じものを食べた筈なのに、何だか『特別に美味しい奴』をあげちゃったのかと、惜しくなるくらいだ。

 いや、本当に何千個に一つ、それとも何万個に一つ、飛び切り美味しいカップ麺が、あるのかもしれない。


 そう思えてならないではないか。

 地元産なのに、地元民が知らなかったでは済まされない。今度メーカーに電話して聞いてみよう。


 佐々木は笑顔のまま腕時計を覗き込み、立ち上がるとデッキへ向かう。出発時刻だ。仕事仕事。


 そんな佐々木に気が付きもせず、弓原はひたすらに麺を楽しんでいた。固形物を探し求めて箸でスープを掻き回したが、もう何もないようだ。それでも楽しみは、まだまだ終わらない。


 味噌味のスープを飲んで『アー』と言い、右手の袖で鼻を拭く。そしてまた、味噌味のスープを飲む。『アー』と言う。右手の袖で鼻を拭く。たまに天井を見る。


 それを何度も繰り返していると、高速貨物列車『東鱗三号』は、静かに動き始めていた。

 東京への、長い旅路の始まりだ。


 動き始めた窓の景色。すっかり暗くなっているが、夜の海に光る波頭が見える。

 しかしそれは、今の弓原に、全く届いていなかった。


 海は怖い。正直、もうこりごりだ。

 早く東京に帰って、同じカップ麺を探したい。

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