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高速貨物列車の旅(三)

 車掌室の中は、そんなに広くない。机が一つ、椅子が一つ。

 いずれも固定されていて、動かすことはできない。


 反対側には、通勤電車にある長椅子が一つ。もちろん固定されていて動かせない。

 ご丁寧に頭上には『網棚』まで設置されていて、これであと『つり革』があったなら、通勤電車と見間違えること、間違いなし。


 普通の通勤電車と違う所。山手線を例とするならば、トイレがある所と、ストーブがある所だろう。


「どうぞ、こちらをお使いください」


 車掌の佐々木が長椅子の方を指す。ゴロンと横になるのも良し。通勤電車さながらに、座ったまま寝るもよし。

 ゴロンと横になって、床にゴロンと落ちるのも一興である。


「宜しいのですか?」

 弓原少尉は『車掌は寝ないのか』と、思っていたのだろう。

 仕事中なのだ。列車運行中に、眠れる訳がないだろう。


「私は、仕事がありますので」

 そう言って笑顔になった車掌の佐々木は、机の方を指した。弓原中尉はバツが悪くなって頭を掻く。


 しかし、それはそれとして弓原中尉は、カバンを指さすと聞く。

「あのぉ、着替えても、良いですか?」

「あぁ、どうぞどうぞ。私はまだもうちょっと仕事がありますので」

 そう言って、ドアの方に歩いて行く。二人は会釈し合った。


 しかしドアから出る前に立ち止まると振り返った。


「トイレは、そこにあります」「はい」

「他の人を、中に入れないで下さいね」「はい。判りました」

「出発まで、外に出ないで下さい」「はい」

 注意事項だった。

 弓原中尉は当然のように頷きながら、全部了承する。

 車掌の佐々木はそれを見て、笑顔のまま外に出て行った。


 外に出る気はない。気力もない。

 知らない所だし、自販機でお茶でも買って来れば良かったなぁと、思っては見たものの『晴嵐での揺れ』を思い出す。それだけで、また目が回って来るではないか。

 これぞ『思い出し酔い』だ。


 鈴木少佐は、本当にサービス満点の飛行機乗りだった。

 イー407を飛び立って直ぐに、右へ左へ宙返り。もう、何回転したかなんて、数えてもいない。いや、数えられなかった。


 それが、随分と高度を上げて飛んでいたなと思ったら、『三沢基地に近付いたから』何て言って、急降下。


 あのね、ジェットコースターだって、そんなに揺れはしない。

 レーダーに映るのが嫌? 何で?

 同じ日本軍なんだから、良いでしょ? 駄目なの?


 通り過ぎてまた高度を上げ、やっと落ち着いたと思ったら、だ。


『もうお別れだから』

 とだね『別れの挨拶』とばかりに縦回転しながらの降下。

 ご丁寧に三回転も、ありがとうございます。


 正式な別れの挨拶? それにさっきは横だったから、今度は縦?

 いやいや、そんなに気を使わなくて、良いんですよ?


 人も飛行機も、素直が一番。真っすぐ飛んで、真っ直ぐ降りる。これですよ。回れば回る程喜ぶのは、地上で見上げている人。

 いやはや。やっぱり、食事を抜いて正解だった。飲んだって吐いたことないのに、絶対ぶちまける所だった。

 もう、暫く飛行機は遠慮したい。ホントに。


 それに、別れ際に言われたのも嫌な感じだ。


「命を狙われているから、注意ね。あ、少尉だったね」

「何を言ってるんですかぁ」

「とにかく、注意ね! 殉職したら大尉になっちゃうからね!」

「もう! 縁起でもないことを!」

「演技じゃないからぁ」

「少佐も気を付けて! ありがとうございました!」

「ありがとう! それじゃ気を付けてぇぇ(ブルルルルゥ)」

 あの人が、一番気を付けないといけない人だ。


 弓原少尉は思い出して、噴き出した。もちろん空気だけ。

 疲れてそのまま眠ろうとしたのだが、平服に着替えようと思って、立ち上がる。もう軍隊なんてこりごりだ。

 早く東京に帰って、気象予測管に戻りたい。

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