高速貨物列車の旅(二)
鮫駅は魚市場の近くにある、静かな駅である。
人通りも疎らで、ホームもコンパクトサイズ。
そんな小さな駅ではあるのだが、実はこの鮫駅から、東京方面へ『直通列車』があることを、知る人は少ない。
この駅で働く人の姿は『ドカジャン』と決まっている。
流石に法律で決まっている、という訳ではないが、皆揃いのドカジャンだ。
それは大体『○○水産』とか、『△△水産』であったり。
或いは『カタカナ一文字を丸で囲った省略形の屋号』をあしらったもので、皆、威勢が良い。
制服を着てウロウロしているのは、駅員か車掌であろう。
運転手は、機関車の中で待機中である。
そこへ、白い軍服を着た男が一人やって来た。
駅の窓口に誰も居なかったのだろう。無人の改札口を堂々と越えてきた割には、キョキョロとしている。
きっと切符も、買っていないと思われる。
待合室のベンチで待っていれば良いものを、左右を確認すると跨線橋とは反対方向に歩き出し、ホームの端から線路に降りる。
そして線路を横断し、貨物線の方に歩いて来た。
まだ人を探しているようだが、忙しく働くドカジャンの人に声をかける勇気はないようだ。
そんな姿を見つけた車掌が、駅員を制止して走り出す。
白い軍服を着た男は走って来た車掌を見つけて、帽子を脱ぐとペコリとお辞儀をした。
「ご苦労様です。弓原少尉殿で、いらっしゃいますね」
車掌も帽子を脱いで挨拶をした。
「はい。そうです」
白い軍服の男が頷き、ホッとした顔になった。
「お話は伺っております。こちらへどうぞ」
「お世話になります。よろしくお願いします」
二人はお互いに帽子を被りながら、貨物列車の横を歩いて行く。
「これが『東鱗号』ですか?」
弓原少尉が、歩きながら貨物列車を指さした。車掌は笑顔で頷く。
「はい。『東鱗三号』東京方面行きです」
それを聞いて弓原少尉は、もう一度ホッとした顔をする。そしてドカジャンを着た人達の方に振り返った。
「これ、全部冷凍庫、お魚、なんですか?」
「そうですよ。凄いでしょう!」
車掌の声を聞いた弓原少尉は、声のする方に向き直ると、車掌の顔を見て頷いた。
「凄いですねぇ」
「これで驚いてちゃ、いけませんよ?」
車掌が笑顔で言う。右手のひとさし指を立て、横に振っている。
「と、言いますと?」
それを見ながら、弓原少尉は首を傾げる。車掌は嬉しそうだ。
「青森から来たものと、尻内駅で連結するんですよ!」
車掌が指を曲げた両手を、まるで連結器のようにして結合した。『ガシャン』という音はない。しかし、素敵な笑顔である。
「それは凄い!」
弓原少尉は立ち止まり、もう一度振り返る。貨物列車は、もっと長くなるようだ。
そんな様子を微笑ましく思いながらも、車掌は感謝を込めて丁寧に話す。
「まぁ、『東鱗三号』は軍用列車ですから、軍様様です」
そのまま『ごますり』でも始めそうだ。
「そうなんですね」
「はい。ですから、遠慮なくどうぞ。こちらです」
笑顔の二人は、もう貨物列車の最後尾に来ていた。
貨物列車の最後尾には、冷凍貨物車の後ろ半分を車掌室に改造した、ちょっと不思議な車掌車が連結されている。
車掌が慣れた感じで先に飛び乗ると、弓原少尉に手を伸ばす。
弓原少尉は、まだ珍しそうに白い冷凍車を見ながらも、その手を掴むと引っ張られ、その車掌車に乗り込んだ。
「私、高速貨物列車『東鱗三号』の車掌、佐々木です。
よろしくお願いします」
「あっ、弓原少尉です。お世話になります」
互いに挨拶をしたのだが、車掌は弓原少尉のことを、事前に聞いていたのだから、氏名、階級、人相等、皆知っている。
それでも、そこに突っ込むことなく笑顔で頷いた。
「秘密の任務、ご苦労様です」
「恐縮です」
二人は改めて、敬礼を交わす。
「いえいえ。何もありませんが、どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
車掌は車掌室のドアを開け、今度は先に弓原少尉を中に案内した。




