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深海のスナイパー(五十一)

 格納庫でも、歓喜の声が上がっていた。

 ハイタッチをする者、ほっと胸を撫で下ろす者、キャノピーを開けて立ち上がり、天井に頭をぶつける者など、色々だ。


 艦の機関が動き始めたことで晴嵐のエンジンは停止しているが、電源ケーブルは歓喜の渦の中放置され、そのままだ。


「鈴木少佐! やりましたな!」

 田村少尉が晴嵐に駆け寄った。それを見た整備員たちも、満面の笑みで晴嵐の周りに駆け寄って来る。


「ありがとう!」「よくやった!」「頑張ったなぁ!」

「お陰で助かった!」「これで帰れるぞ!」

 皆嬉しそうに労いと感謝の言葉を口にしているが、その行先は、どうやら晴嵐のようだ。


 目線が晴嵐の方だし、肩でも叩くようにバンバンしているのは、晴嵐なのだから。

 こんなことでは晴嵐だって、迷惑に違いない。


「こらこら! そんなに叩いちゃダメだよぉ」


 頭のたんこぶを撫でながら、鈴木少佐が咎める。

「鈴木少佐『も』、お疲れ様です!」

「鈴木少佐『も』、ありがとうございます!」

「鈴木少佐『も』、家に帰れます!」

 三人目の言葉は、別に誉め言葉でもなかったが、鈴木少佐は苦笑いしただけだった。

 皆の屈託のない笑顔を見ていれば、怒る気にはなれない。


「どうだ? 海洋投棄しなくて、良かっただろう?」


 鈴木少佐は、丸目られたポスターを操縦席から引っ張り出す。

 それは随分と細長いのであるが、折り目も付けず、そっと持ち込んだ物だ。

 そこで整備員全員が、今までの歓喜の声とは異なる種類の、歓喜の声を上げる。


 思い起こせば数時間前。闇に紛れて晴嵐を収容している最中に、大和の照明弾がその全貌を露わにしてしまった。そのまま晴嵐を海洋投棄して急速潜航されても、文句の一つも言えない。


 今の晴嵐があるのは、そんな中でも、素早い収容作業をしてくれたお陰でもある。今のこの現状は、チームワークの賜物なのだ。


「それは『全身ポスター』でありますか?」

 若い整備員が鈴木少佐に質問した。その他の整備員が、一旦質問者を見てから一斉に鈴木少佐を見つめる。


「そうだ!」

 操縦席から見下ろしたまま、鈴木少佐は答えた。

「おぉー」「すごい!」「等身大だ!」

 周り近所で見つめ合い、ザワザワし始める。


「マリンちゃんのですか?」

 別の整備員が質問すると急に静かになり、また一斉に鈴木少佐を見つめる。


「マリンちゃんって、誰だ?」

 にこやかな笑顔のまま、キョトンとした顔をして答えた。

「あはは!」「売店の子ですよー」「駄目じゃないですかぁ」

 一斉に笑い出す。


「売店のかわいい子、マリンちゃんって言うのかぁ!」

「そうですよ! 有名なんですよ?」

「我々の間では、ですけど!」

「そうそう!」

 全員が納得して頷く。鈴木少佐は操縦席の縁に片足を乗せ、ポスターの輪ゴムを取った。


「中島中尉へのお土産である!」

 下でバタバタしているであろう中尉に代わって、鈴木少佐が紹介した。トランプを買ったらついてきた『おまけ』なのだから、間違いないだろう。


「ありがとう! 中尉殿!」

「マリンちゃんの全身、拝ませて頂きます!」

「あぁ、中尉殿! 一生ついて行きます!」

 また歓声が上がった。

 整備員達の目が、それはもう眩しいばかりに輝いている。


「御開帳!」


 そう叫ぶと腕を伸ばし、ポスターを『ハラリ』とさせたのだが、鈴木少佐の目に飛び込んで来た観覧者の反応が、何だかおかしい。

 ポカーンとしていて、みんな不満そうな顔である。


 引く程凄いものだったのか、何なのか判らない。

 裏しか見えていない鈴木少佐は、上下逆さまにでもしたのかと不思議に思い、腕を曲げ、ポスターの表側を覗き込んだ。


「あははっ! これはっ!」


 鈴木少佐だけが笑い出した。整備員達は随分と不満そうである。


「中島中尉は振られたな! モノホンは見せないって言ってた!」


 もう一度観覧者の方に見せる。すると整備員達が一斉に怒り出す。

「中島中尉! 見損ないましたぞ!」

「止めだ止めだ!」

「中尉殿との付き合い、考えさせて貰います!」

 口々に文句を言いながら、整備員達は散って行く。鈴木少佐は、もう一度ポスターを覗き込む。


 確かに『マリンちゃんの全身ポスター』には違いない。


 しかしそれは『来たれ帝国海軍へ!』と書かれていて、制服を着たマリンちゃんが、凛々しい敬礼をして写っている『全身ポスター』だったのだ。

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