深海のスナイパー(四十七)
艦長の考えを理解している者は、誰もいないようだ。
バッテリーの残量が殆ど残っていない潜水艦は、至急浮上する必要がある。魚雷なんて撃っている暇はない筈だ。
『艦長! 注水できません!』
ほらね。魚雷発射管に注水ができなければ、魚雷は発射できない。やっぱり、そんなことをしている状況ではないのは明らかだ。
「艦長、一体何を?」
思わず副長が聞く。すると艦長は、逆に、そんなことも判らないのか? という顔をして振り向いた。
「蒼鯨から、充電するんだよ!」
艦長の大きな声。一同の顔が明るくなった。
そうだ。流石我らが艦長。まだ諦めてなんかいない。大丈夫だ。
「手動で注水できないのか?」
『できません』
否定的な返事が返って来て、艦長はいささか不満なようだ。しかし、できないものは仕方ない。
「一番近いのは、蒼鯨八番かね?」
急に聞かれた副長は、慌てて蒼鯨台帳を見る。
「は、はい。八番です。魚雷は『赤』が」
「魚雷は良いんだよ」
艦長が笑顔で報告を打ち切った。副長もそうだろうと思っていたのだが、これは癖だ。
「はっ。そうですね」
苦笑いで答える。すると艦長は、副長が手にしている蒼鯨台帳を指さして、質問する。
「何時に起動かね?」
「えっ、あぁ、八番は、マルロクサンマルです」
その答えを聞いて、艦長はもう一度時計を見た。
近いと言っても、いつもより距離は離れている。定刻に発射される蒼鯨のプラグを探し出すには、一刻も早くプラグゼロを射出しなければならない。
しかし、電源がない。
艦長は不意に思い出して、蒼鯨担当に聞く。
「蒼鯨端末は、生きているか?」
「はい。今はスリープ状態ですが、直ぐに復帰できます」
艦長は満足気に頷く。しかし油断はできない。復帰するためにもまた、電力が必要なのは明らかだ。
考えろ。考えろ。考えろ。時間の猶予はない。
艦長は自問自答しながら、暗記したイー407のマニュアルを思い出す。直ぐに開いたのは、当然『緊急事態』のページだ。
その中にある、バッテリー関係の記載を捲る。
第一系統、第二系統、第三系統、相互接続、非常時のエンジン短時間起動方法。
全部役に立たない。駄目だ。八方塞がりだ。
艦長は、頭の中にあるマニュアルを、パタンと閉じた。
そんな艦長の様子を、副長はじっと観察していた。
艦長が考えているときは、目が遠くを見ている。右手を顎に当て、左手はトントンと動く。
そして、良い考えが浮かぶと、右目だけ目尻がピンと上がる。表情は殆ど変わらないのだが、良い考えに至った場合だけだ。
副長には、そんな艦長の見分けが付いた。
そして今、艦長の両目が垂れ下がり、今までに見たことのない表情になったのだ。
そして、恨めしそうに上を向いた。左手で帽子を脱ぎ、右手で頭を掻いている。
それが一体、何を意味している表情なのか。
副長には判らない。判りたくもない。
しかしそれは、もう直ぐ判ることになるだろう。




