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深海のスナイパー(四十五)

 津軽海峡の戦闘は、もう集結している。

 敵の損害は、駆逐艦三隻。

 こちらの損害は潜水艦多数。と言っても、殆どは無人の蒼鯨だ。


 津軽東に展開している八隻の内、五隻を失ったようだ。生死を判定する『特殊な音波』に対する反応がない。これは大損害である。

 いくら人工知能が凄いからって、自分より速い魚雷に襲われたら、ひとたまりもない。


 蒼鯨は飽くまでも、『待ち伏せ用』であって、『万能な攻撃用』ではない。『機雷よりまし』位に思っていて欲しかった。


 だから存在がバレてしまった今、駆逐艦によって文字通り、駆逐されてしまったのだ。

 きっと次は、航空機も使って攻めてくるに違いない。不穏だ。


 津軽海峡で航空機もミサイルも使わないのは、あくまでも『休戦中』という建前を、守るためだ。


 衛星にもレーダーにも映らない兵器での、『小競り合い』をしているのが現状だ。


 主砲? 爆炎と煙は衛星写真にクッキリ写っているだろうが、そんなもの、『威嚇射撃』と言えば問題ない。

 なにしろ戦艦の主砲とは、『当たらない』というのが常識なのだから。


 そんな大和は、作戦参謀の指示で大湊基地基地へ帰るようだ。

 きっといい気分で、鼻歌でも歌っていることだろう。


 一方の磯風は、イー407を探している。

 大和から『帰投命令』は出ているが、『被害状況の確認』という名目で残っている。


 それにしても、当てないように魚雷を撃った筈。それを確認しにきたのだ。

 しかし艦長は、苦い顔である。


「ソーナーに、反応あるか?」

「ありません」

 艦長の問いに、ソーナー係の返事は早く、そして素っ気なかった。


「移動したのか?」

「いいえ、この辺に潜航しています」

 自分の下を指さした。艦長もつられて自分の足元を見たが、そこにイー407の姿が見える筈もない。


「何か音がするだろう?」

「それが、何も聞こえません」

 艦長の顔が曇った。


 そんな筈はない。艦内を走る足音とか、水漏れを防ぐ為の作業音とか、重たい物を動かす掛け声とか、調理室の冷蔵庫の音とか。

 そうでなければ、助けを求める声とか、艦壁を叩く音とか。


「油が、浮いています!」

 艦橋の窓辺で、双眼鏡を覗く監視員からの報告に、艦長が驚く。

「何だと!」

 ちゃんと報告したのに、まるで艦長からの落雷だ。監視員も驚いて、顔が強張った。

 しかし、そんなことはお構いなしに、艦長が近付いて来る。


「イー407のか?」

 双眼鏡を覗きながら、艦長からの質問があった。

「判りません」

 そりゃそうだ。この海域で短時間に何隻も轟沈されたのに、どの油がどの艦のかなんて、判る訳もない。


「何でだ!」


 魚雷は、少し角度を付けて狙いを外した。それに、ちゃんと手前で爆発した筈だ。

 それが撃沈だと? 上からの指令とは言え、後味が悪すぎる。

 乗員百四十名の命を、一体何だと思っているのだ。


 駆逐艦三隻分の乗員の方が、もっと多いのだが、それは敵だから仕方ないとして。


 双眼鏡を降ろした艦長が、艦橋の窓から見たのは、磯風の乗組員が甲板から、網で何やら救いあげている様子だった。

 何だろうと思って、もう一度双眼鏡で覗き見る。


「プレミアムボックス、だと?」


 艦長はイー407の轟沈を確信して、静かに呟いた。

 それは、潜水艦乗りが愛して止まない図柄が刻み込まれた、トランプだったのだ。


 大分前に、上条中佐と一緒に売店で笑ったのを思い出す。


 奴なら、きっと上手く避けると思っていた。そもそも訓練の時だって、狙ったって当たったことがないのに。


 双眼鏡を再び降ろした艦長の目からは、ひとすじの涙がこぼれ落ちていた。

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