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深海のスナイパー(四十一)

 一旦、艦長席に座ったのであるが、直ぐに立ち上がった艦長を見て、副長の宮部少佐は安心する。

 それは、いつもの艦長の顔に、戻っていたからだ。


 さっき『磯風!』と叫んだ艦長の顔は、とても恐ろしかった。

 いつも冷静な艦長とは、とても思えない程。そんな顔が、尊敬する艦長の『最後の顔』とは、とても思いたくはない。

 良かった。あれは夢。幻だったのだ。


「副長、『鍵』出して」

「はっ!」

 元気良く指示を拝命し、笑顔で敬礼。そして元に戻る。


「あの、艦長? 何の『鍵』で、ありますか?」


 艦長は「プッ」っと噴き出して、笑顔になった。勢いで返事をするな。判らなければ、ちゃんと聞くことも仕事の内だ。


 しかし、艦長は答えない。黙ったまま、指令所の片隅を指さす。

 その指先を見て、副長の顔から笑顔が消えた。何故なら、そこにあったのは『封印されし開かずの扉』であったからだ。


「あ、開けるで、ありますか?」

「あぁ。開けるぞ」

「え? え? い、い、今で、ありますか?」

「あぁ。今だ」

「本当に、今で、宜しいのですか?」

「そうだ。今直ぐにだ。一秒でも早くだ」


 指令所に詰め込まれている乗組員は、固唾を呑んで艦長と副長の会話を聞いていた。


 当艦に『核』はないはずだ。

 飛行機は搭載しているが、ミサイルは搭載していない。

 魚雷に、核弾頭は入らない。


 それでも、機械に詳しい一部の乗組員は、『蒼鯨』から発射するのではないかとも考えていた。


 噂に聞いたことがある。

 津軽海峡に配置された『蒼鯨』には、壱番から八番が存在しているが、それの『零番』があることを。

 そしてそれは、ミサイルを搭載していると、言うことを。


 いやいや、そんな噂は酒の席で出た、噂に過ぎない。

 日本には原潜だってある。それが太平洋のどこかで、核ミサイルを何時でも発射できるよう、待機させているのに、だ。


 こんな日本の近海から、無人の潜水艦に? 核ミサイルなんて、置いてある筈がない。


「承知しました!」

 副管は、腰にぶら提げた鍵束の中から、一本の鍵を取り出した。そしてそれで、副長用の棚の鍵を開ける。

 そこから出て来た、ダイアルロック式の小さな『キーボックス』を取り出すと、ダイヤルを合わせ始めた。

 鍵を取り出すと、反対側にある艦長用の棚から、同様に艦長が鍵を取り出している。


『右機械室の浸水、止まりました!』


 今はそれどころじゃない。副長はそう思って艦長の目を見る。

 艦長の顔から笑顔が消えていた。

 鋭い目は、やはりまた、何かを考えているようだ。


『排水ポンプ、始動しても宜しいですか?』


 当然艦長への問い合わせなのだが、艦長が答えない。

 機械室の乗組員は、今、指令所で何が起きているのか知らないのだ。だから副長は、思わず艦長に助言しようとした。


「ダメだ。そのまま待て」

『了解です。おい! 排水ポンプダメだ! 動かすな!』

 スピーカーから、機械室の様子が聞こえてきた。

 やはり少なからず、被害があったのだろう。声だけで緊迫していることが判る。


「怪我人は、いるか?」

 艦長はまだ考えているようだ。しかし、後方から上がって来る報告が、浸水情報だけというのも、少なからず気になっていたようだ。

『怪我人はいません! かすり傷は、唾つけて直します!』

「了解」

 艦長の顔が、安堵の表情に変わった。


 しかし、それもつかの間。

 艦長と副長は互いの『鍵』を見せ合い、表情を硬くした。

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