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ガリソン(一)

 琴美はベッドの上で目が覚めた。直ぐに周りを見渡す。

 扉の開いた小さなクローゼットに、自分の制服が掛かっているのが見えて、慌てて何を着ているのかを確認した。

 何だろうこれは。見たことの無い寝巻きだ。ダサイ。


「あら、気が付いたのね」

 クローゼットの扉を閉めながら、立ち上がったのは母の可南子だ。母の顔を見て、とりあえず琴美は安心した。

 ここは『天国』という訳ではなさそうだ。


 父の牧夫が居ないのを『薄情』とは言わない。

 可南子が牧夫に電話して『大丈夫。大したことはない』と伝えたからだ。だから後で琴美に伝えれば、という訳だ。

 これで牧夫も、仕事に専念できるだろう。


「お母さん、私」

 声は出る。頭の中では色々と混乱が続いている。

「いいのよ。命が無事ならそれで。怖かったでしょう」

 母は点滴を気にしながら、愛娘を抱き抱えた。『生きた心地がしない』とは、こういうことだ。本当にホッとしたのだ。


 あれだけの事故に巻き込まれながら、軽い打撲だけで済んだのは『奇跡』に等しい。そう医者に言われた。

 真里も半べそで、さっきまで病室に居たらしいが、午後からの『特別追試』の時間になったと、出て行ったそうだ。


「学校って、意外と厳しいのね」

 琴美は答えなかった。『自分の命』と『他人の試験』を天秤にかけて『どっちが重いか』なんて、誰も出せない答えだ。


 目の前で何人死のうと『自分に関係の無い人間であれば』それは関係ない。それが、十年来の友達であったとしても、関係ない。

 関係者とは、血の繋がった者を指すのだ。そういうものだ。


「検査の結果が出れば、貴方はきっと、今日退院出来るって」

 慰めるように目を見て言う。琴美はそれでも聞き返す。

「私、何処か悪かったの?」

 琴美の質問に、可南子は笑って小首を傾げた。

「何言ってるの。擦り傷で入院するつもり?」

 言われた琴美は、直ぐにだが恐る恐る、全身を動かして見た。本当だ。ちゃんと動くし、それに何処も痛くない。

 いや、肘とか膝に包帯が巻かれてはいる。それでも骨とか内臓とか頭とか、とくかく何処にも異常はないようだ。

 良かった。これなら直ぐに良くなるだろう。


「折角だから、お昼位食べて行ったら?」

 いつもの口調で呑気なことを言う、母の提言だ。

「えー、嫌だよー」

 琴美の返事は早く、いつもの甘えた声だ。

 それを聞いて可南子は笑顔を見せる。気を失っているときはどうなるのかと思ったが、医者の見立て通りだった。確かに、何も心配はないのだ。安心した。


 事故のショックもなく、我が子は無事に生還したのだ。

 亡くなったパイロットと、巻き込まれた歩行者には申し訳ないが、可南子の顔から『安堵の笑顔』が消えることはなかった。

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