海底パイプライン(三百三十一)
「サッサと行くぞっ」「ハッ!」「ハッチ閉塞確認しました」
艦長が定位置に着いて腕組みをした。それだけで緊張感が走る。
しかし乗組員は『艦長の指示』を今か今かと待ち望んでいた。理由は至極簡単である。
「お前らも早いトコ、上陸したいだろ?」「ハイッ!」「ハイッ!」
やけに元気な返事を耳にして、艦長がニヤリと笑う。乗組員も笑顔で顔を見合わせた。そう。陸に上がれば暫しの休息が待っている。
旨い空気に美味い飯。いや『潜水艦の飯』は、かなり恵まれていると聞く。それは帝国海軍のみならず、吉野財閥自衛隊とて同じだ。
「腹減ったなぁ」「今日の晩飯、何だろうなぁ」「楽しみぃ」
しかし『陸の上で食らう飯』には、到底及ばぬ。加えて『浴びる程飲める酒』と来れば、正に天国。
所詮『硫黄島の飯』だって? だから何。待ち遠しいではないか。
「食堂の『お姉さん』元気かなぁ」「可愛いの?」「何? お前初めてか」「えぇ。俺『補充要員』なんで」「そうかっ! そうだったなぁ」「良かったなぁ。おbお姉さん、島で一番可愛いぞ」「マジすかっ!」「マジマジ。あっ、お前注意した方が良いや」「何で?」「そりゃぁおbお姉さんの好みだからだよぉ」「嘘っやっべぇ。どうしよう……」「どうしようじゃねぇっ! 潜航用意っ!」
艦長も笑っているではないか。艦のすぐ横、もう大分下か。には、死体がプカプカしていると言うのに。
同じ水面下でも『天国と地獄程の差がある』とはこのことだ。
「原速前進っ! 艦首下げ。トリム五度。潜望鏡深度まで」
指示が飛び始めれば無駄話はナシだ。しかし笑顔ではある。
若干名『初心者』も居るが、『ドック入り』について艦長の指示通り操艦すればどうと言うことも無い。艦長は潜望鏡を上げた。
これからドック入りするのに当たり、わざわざ潜航するにはそれなりの理由がある。何せ『ドックの入り口』が海中にあるからだ。
暫く潜望鏡を覗き込んでいた艦長が、サッと潜望鏡を降ろした。
「微速前進。艦首下げ。トリム二度。深度二十。ゆっくりだ」
ここからは計器だけが頼りである。もし、何処かにぶつけてしまったら『晩飯』所の騒ぎじゃない。水攻め火攻めドンと来いだ。
「深度二十」「よし。艦首下げ解除、トリム調整。水平で微速停止」
そろりそろりと動いて来た艦だが、水深二十メートルで静止した。
後は数秒づつ、モーターにて微速前進を繰り返す。艦内はまるで『戦闘態勢』のように静かになっていた。そして耳を澄ませている。
「信号音キャッチしました。ツート・ツート。『入港許可』です」
「ヨシッバラスト排水。浮上!」「イェーイッ!」「イェーイッ!」
我慢しきれなくなったのか、一斉に声が上がった。それは艦橋に居る乗組員ではない。艦のあちらこちらからだ。
艦橋の乗組員もニッコリ笑ったのは事実だが、艦長がまだ『真剣な顔』をしている間は、大声を出す訳には。ねっ? ほら見てまだ。
「ドック接岸、微速停止。艦首位置ヨシ、係船開始。原動機停止、艦内通常態勢へ。操船終了、各員ご苦労っ! お前ら上陸だっ!」
「イェーイッ!」「イェーイッ!」「イェーイッ!」
もう到着していた。艦長の『長セリフ』も幾分早口である。
しかし乗組員の艦捌きも大したもので、艦長の命令が発令したのと同時に完遂していた。あとはハッチを全開するのみだ。
お帰りなさい。硫黄島の秘密ドック『ガリソンタンク』に。




