海底パイプライン(三百二十九)
文句を言う暇もない。ただ口を開けて『アワワ』となるのみ。
追って来るミサイルを生で見てしまったら、そりゃそうなるって。多少チャフに隠れていようが、明らかに『キタァ』と判るのだから。
一旦上昇したSSMだが、あっという間に向きを変えた。真ん前から見ると意外と小さく見えるが、あれで当たったら結構痛い。
「送信終わったかっ!」「何か通信エラーになっちまったぞっ!」
口笛男だけが冷静だった。さっきからパソコンの前に陣取っている男に声を。表情が曇ったのは、原因が『自分にある』と認識したから。チャフを見上げて『これじゃぁなぁ』と思うのみ。
『ボォオォオォオォンッ!』「ヒィイィィッ」「当たったっ!」
『当たったら死んでんだろ……』思いは三者三葉か。いやもう一人。
「通信復活っ! 良いぞぉ。あと少しっ!」「おっ。イイネェ!」
爆音と共にチャフが吹き飛んだ。お陰で送信再開だ。
長波を使った通信は時間が掛かる。硫黄島付近では機密保護のため、通信衛星すら使えないのが難。特にスパイ活動に従事する者にとっては、『漁船用の無線のみ』ってのがじれったい。
「さて、次は何が来るぅ?」「あれ? 助かったの?」「えっ?」
口笛男は煙が晴れるのを待っていた。窓際の二人には『そのまま大人しくしろ』と言いたい。今は『第二波』が来るのか。それが問題だ。来るとしたら何が飛んで来る。砲弾か。それともミサイルか。
まだまだ十分『射程内』であるからにして。さぁ、どうする?
「逃げ切ったのかっ! おわあぁあぁっ!」「何だよどっちだよ!」
立ち上がったと思ったらしゃがみ込み、黙って首を横に振る。
口笛男は呆れて苦笑いだ。煙が流れて見えて来た警備艇は、何だか妙に大人しい。惰性で動くのみ? トラブル発生? ざまぁ?
「次が来ないなぁ……」「来たのかっ!」「またミサイル?」
エンジン音が結構煩いのに、今の『呟き』が良く聞こえたなぁ。そこは褒めてやりたい所だが、役立たずに答えるのも面倒だ。
「来ねぇって言ったのっ! 通信どう?」「もうちょっ「もう来ないの?」。今三ファイル目n「助かったぁ?」だっ!」
肝心な所が聞こえねぇじゃねぇかっ! それより、ボヤっと頭を見せたら『撃たれる』かもしれないのに、しゃがめって。
口笛男は三度警備艇を視認する。機銃も主砲も明後日の方角に固定され、こちらの動きに追従する気配がない。マジ? 助かった?
このまま通信が完了して無事逃げ果せたら、『良くやった』と首領に頭なでなでして貰えるかしら。
『ドンッ! ガガガガッ』「!」『バキバキッ』『プゥウゥン……』
ほくそ笑みながら前を見ようとした瞬間だった。口笛男が見たのは、窓際で喜ぶ二人が一瞬で後方に弾き飛ばされたこと。
喜び合う表情が二つ。そのまま一つになって叩き付けられていた。
何かと考える暇も無い。自分自身も後ろの壁に押し付けられたから。視界には無いが、コンピュータなんて再利用不可に違いない。
不思議とエンジンの音が一瞬で止み、今は妙に静か。不思議な現象は尚も続き、今まで見えていた海が離れて行く。『飛んでる?』と思ったが冗談でしょ? なら座礁した? いや、ここに『暗礁』なんて在るものか。あったら最初から避けている。が、しかし?
だとしたら、窓の外に見えている『黒光りする物体』は何?
丸みを帯びた細長い奴。おいおい。こんなの日本海には居なかっ。
『バキバキバキッ! ドォォォォォンッ! ボォォォォンッ!』




