海底パイプライン(三百二十七)
部下の慌てようを目の当たりにしても、艦長は涼しい顔だ。
如何にも『当然』という顔をして、不審船を見つめている。どうやら『新型の推進装置を使用した結果』については承知していて、今は艦をぶつけることに集中しているようだ。
「良いぞぉ。舵そのままぁっ。このままどてっ腹にドーンだっ!」
例えコンピュータが使用出来なかろうと、艦長の目には衝突する様がありありと見えているのか。副長は落ち着きなく、不審船と艦長を交互に眺めるのみ。操舵士と一緒に指示あるまで何も出来ぬ。
もし迂闊に舵を操作したならば、舵が壊れてしまう可能性大。
「敵が進路を変えましたよっ!」「うむ。しかし逃げられまい」
実は副長にも『衝突コース』が見えていた。それが、更に取り舵を取られたことでご破算に。着実に距離は詰まりつつあるが、衝突するかしないか微妙な所。このままだと並走もあり得る。
ちょっと待て。もしかして艦長は『これを狙っていた』とか?
「まさか横付けして、乗り込むとか?」「それも良いなぁ」
違ったらしい。しかし表情から見てどうだ。高さはこちらが有利。
互いに全速力疾走する船上から船上へ。戦場へ向けてジャンプ。ちょっと洒落にならんが、出来ないことも無い。
「そんときは副長、貴様が一番乗りだ」「無理です。お断りします」
ニッコリ笑ってとんでもねぇコト言いやがって。秒で却下だ。
誰だ? 『出来ないことも無い』なんてほざいた奴は。責任者出て来い。副長は耳を真っ赤にして不審船を眺める。
「しかし、まだ敵さんの方が速いようですね」「そうだなぁ」
悔しそうに振り返った副長だが、艦長は意外にも同意している。
それだけでなく、自分の腕時計と不審船を交互に見始めた。副長は首を傾げる。まさか時計で方角を確認している訳ではあるまい。
「時間だな」『ウィイィイィィィィン』「えっ? えっ?」
艦長が呟いたのと同時だった。鳴り響いていた回転音が、急速に落ちて行くのが判る。当然、艦速だって落ちてくることを観測。
もう二度と速度が上がらないのが判る。艦長は腕時計を見つめるのを止めて、両手を後ろ手にして不審船を眺めていた。一歩及ばず。
「不審船、前方を通過しますっ!」「差し切られたか……」
『ギュウゥゥッゥンッ! ザッパーン。ビィィィィンッ』
物凄い勢いで目と鼻の先を横切って行く。直後、作り出された波を超えるのに、こちらがグワッと揺れた。屈辱以外の何者でもない。
『バチンッ』「電源が落ちました!」「SSM一番発射」「艦長?」
照明は勿論、電子制御の機器が軒並み落ちたこの状況での命令。
失礼を承知で言えば、冷静なのが寧ろ『狂っている』としか。
「何をしているっ! SSM! 一番発射だっ!」「発射了解!」
副長は辺りを見回した。するとSSMの発射系統だけは生きているではないか。艦長はこうなることも、事前に把握していたのか。
『シュポンッ! ゴォオォオォッ!』「一番発射しましたっ!」
一応『行ってらっしゃい』と見送る。おおよそミサイルを撃つような距離ではない。本当に沈めようと思ったら、砲弾の方が確実だ。
しかし『目に見える恐怖を与えるのが目的』なのだとしたら、これ以上怖い物は無いだろう。震えて待つと良い。死の瞬間まで。




