海底パイプライン(三百二十六)
「艦長、不審船止まりません。如何いたしましょう?」
機銃掃射でも止まらないのを見て、副長が振り返った。
「うむ。相手の船長は、相当肝が据わってるなぁ」「えぇ確かに」
副長は頷くと、再び不審船を双眼鏡で捉える。操舵室から舳先へ。
実は『誰も居ないのでは』との疑義があった。一通り脅してみても、一向に止まる気配すらないのがその理由だ。
さっきから砲弾を撃ち込む度に覗き込むが、何ら反応がない。
「このままだと当たりますが」「大丈夫だ。気にするな」
思わず双眼鏡を降ろすと振り返った。目が合った艦長は笑顔だ。
「家が当たり負けする訳がないだろう?」「しかしぃ」「何だね?」
言葉を濁した副長は、奴らをとっ捕まえて『拷問』でもしたいのだろうか。普段の鬱憤を晴らすために? だとしたら趣味が悪い。
「ドックの連中が、何て言うか……」「……それは困るなぁ」
全然違ったらしい。副長は言葉を選び、あえてドックの『連中』と複数形にしていた。しかし一呼吸の間を置いて、艦長にも『特定の人物を表している』と判ったようだ。はてさて。誰のことやら。
艦長の表情からして、同意せざるを得ないらしい。
「不審船取り舵っ! 離れて行きます」「おっ、やっとか」
監視員の報告に『ドックの件』は暫くお預けだ。見れば『こちら側』の波飛沫が、随分と高くなっている。そりゃそうだ。
一見『普通の漁船』なのに、『強力な推進力』を無理矢理増設したのだ。ちょっと舵を切っただけでバランスを崩すこともあり得る。
「自爆しちまえば楽なのに」「それはイカンだろ」「ですかねぇ?」
副長を『後ろから刺す』ことがあっても、それが『釘』なら良かろう。しかし副長は頭が『糠』なのか、効き目は全く無いようだ。
「お頭に『何』て言われるやら」「それは怖いっ!」「だろぉ?」
普段から『殺るなら徹底的に殺れ』と言われている。
言われているので、もしかしたら『字が違う』のかもしれないが、言われた方が『そう思っちゃった』のだから致し方ない。手持ちの火器をフル動員して、ありとあらゆる事態に対処する所存だ。
「このままですと、三十七秒後に舳先の十メートル先を通過します」
コンピュータの計算結果を見ての報告が届く。すかさず指令が。
「取り舵カンマ弐。最大戦速っ!」「既に最大戦速ですっ!」
レバーを指さしてアピールしているが、艦長は見ていない。手元のマイクを取り、再び指示を出す。
「機関長。やれっ」『待ってましたっ!』「総員、対ショック体制」
しれっと『館内放送』をしたと思ったら、艦長はマイクを置いた。
直ぐに全員が手摺に掴まる。するとどうだろう。あからさまに加速し始めたではないか。一見『警備艇』にしか見えない船が、艦尾から物凄い量の水煙を上げて動き出す。速い。速過ぎる。
「どうだぁ。これが『シン最大戦速』って奴だぁ。フハハハッ」
艦長は胸を張り、如何にも得意気である。実は速過ぎて、単に『後ろに反っているだけ』なのかもしれないが、そこは言うまい。
「すんごいですねぇ」「だろぉ?」「えぇ。でもこれだと、戦闘コンピュータの計算が全部合わなさそうですが」「ハハハ。面白いこと言うねぇ」「いやぁ、ふと思っただけです」「実はその通りだ!」
艦長は笑っているが、副長の方は笑ってなんかいられない。
「撃ち方止めぇっ!」「副長っ! 画面がエラーだらけです!」




