海底パイプライン(三百二十五)
冷静に言われてしまった。窓から顔を離し、腕を抱えて考える。
その様子に驚くのは後にして、二人は争うように窓を覗き込む。頭が当たったが、擦るのは後回しだ。いや、やっぱり痛かったか。
「これ当たるかぁ?」「いや判らん」「こっちはこぉ、向こうg」「おいっ、手は止めr」『パシャーンッ』「おぉおぉ」「うわっ」
再びグラッと揺れる。今度はジャンプしたような感じに。
「進行方向に撃ち込んで来やがったかぁ。うーん。まずいなぁ」
口笛男が腕を組んだまま、涼しい顔で立ち尽くしている。だからじゃないが、二人には不思議に思えてならない。
「何がまずいんだ」「まだ外してるんだろ? だよな?」「ん?」
頭の中で『シミュレーション中』なのか、それとも既に結果が出たのだろうか。両手を腰に当てニッコリと笑う。
「いやぁ。遂に『当てに来た』ってことよ。ドッカーンってねぇ」
自分が乗っている船に弾が当たるってのに、それを嬉しそうに表現する奴が何処に居る。いやここに居た。別名『ぽやっと星人』が。
こういう奴が戦場にいると、上官は困ることこの上ない。
「良く冷静で居られるなぁ」「まぁ慣れっこなんでねぇ」「何だよ『慣れっこ』って」「えぇ? 言葉通りですけど?」「えぇえぇ?」
二人が驚くのも無理はない。実は口笛男、普段は帝政ロシアに向けて、重油を密輸する任務に就いているのだ。
警告やら砲撃を受けるなんて、日常茶飯事なのである。
曰く『日本海は俺の庭』を地で行くタイプ。実際は『海』だけど。
今回は太平洋初進出で、上司より『硫黄島で釣りでもして来い』と言われてやって来たという訳。たも網と浮きを新調して来た。
帝政ロシアと吉野財閥自衛隊の腕前を比較すると、コッチの方が『撃ち慣れてる感が凄い』と感じる。いやそれはどうなの。
「じゃぁどうすんだよっ!」「五度取り舵にしないと、ドーンッ!」
そんだけなのか? もう一度窓の外を覗く。さっきより近い。
どんどん近くなっているので、素人にも『計算し易くなっている』と見えればこそ、『口笛男の言う通り』になると思わざるを得ない。
つまりこのままだと『ドォォォン』で『バーンッ』である。
いや『バーンッ』からの『ドォォォン』か。どっちでもイイッ!
「いやダメだろっ!」「だよなぁ。それにこれ以上近くなったら、機銃でも撃って来そうだしなぁ」「えぇ? この距離でぇ?」「放水が先じゃねぇの?」「そんな生温いこと、してくんないでしょ」
急ぎ二人が窓を覗き込む。今だ距離は二百メートル以上。
『バリバリバリッ!』「うわぁ!」「マジで撃って来やがったっ!」
水音ではない。今までと違って、何処かに着弾したであろう。尚も生きているのは『警告したからね』を、強制的に解らせるため。
「ほらねぇ。今上に姿を見せたら、遠慮なくハチの巣だと思うよ?」「ざけんなっ!」「何とかしろっ!」「じゃぁそろそろ舵切るかぁ」
行先は当然舵の前である。そこには一人の男が座り込み、舵を握り締めていた。今まで『このまま持ってろ』と言われたままに。
口笛男は別に『退け』とも言わないが、自然と『どうぞどうぞ』とならざるを得ない。這いつくばって左舷へと急ぐ。
「こんなモンかぁ」「おぉっ」「大丈夫なんだろうなっ」「さぁ」




