海底パイプライン(三百二十三)
言われたからには黙っているしかない。男は腕を上げ口笛を吹く。
「退けっ!」「……」「そこだよっ! 退けっ! 邪魔だっ!」
実は『鳴らない口笛』なのであった。顎を前に出して謝っているのに、ドンと押されてしまった。しかし押した方が急に土下座?
そうだよ『お前が謝れ』と偉ぶって見ても、見ちゃいない。
『ガチャガチャッ。パッカーン。ダンッ』「行って来る」「頼んだ」
やっぱり謝るつもりなんて無い。足元の『蓋』を開けて、そこから下に降りるための梯子を降ろしていた。
そりゃぁパッと見て判んないようになっていれば、踏んじゃうってモンよ。どちらにせよ俺は悪くない。何だったら下に行ったタイミングで、蓋を閉めてやろうかなとさえ思う。
『ブルゥン』「おい、座るなり掴まるなりしとけよ?」「えっ」
下から凄い音が聞こえて来たのと同時だった。思わず聞き返しても、言った本人はもう椅子に座っている。おまけに足を踏ん張って。
見回せば全員同じ体制。ボヤっとしているのは、両手を頭の上に乗せ、足をクロスさせて片足で立つ『口笛男』のみ。しかも無音の。
『キィィィィンッ』「キタキタキタキタァッ」「大丈夫かぁ?」
どうやら『非常運転』を体験していない者が乗り込んでいるのか。
しかしそれもやむを得まい。幾ら広い海と言えど、『誰も見ていない海域』なんて、無いに等しい。それ故に『エンジンの起動手順』を学習するのがやっとで、全速力走行なんて『ぶっつけ本番』だ。
「ここだけの話、噂によるとなぁ」「おぉ」「真っ直ぐにしか走れないらしい」「ちょっと待てよっ!」「あぶねぇから座ってろっw」
笑っている場合じゃ無いだろう。それ『エンジンが掛かってから』言うことか? 今ならまだ、いや駄目。既に加速し始めているようにも思える。じゃ無くて、加速しているっ!
『ゴォオォオォッ!』『おわっ。イテェ』「大丈夫か!」『あぁ』
下からの不穏な声に反応して直ぐに声掛け。今は複数のディーゼルエンジンを起動し、強力な水圧を作り出す作業を続けている。
別にメーカーの展示場へ行って、『コレ頂戴』と買って来たブツじゃない。『永遠の試作品』と言っても過言ではない代物だ。
と、そこへ、口笛男が倒れて来た。バタンと蓋が締まる。急いで蓋を開けようとするが、開け方が判らなくてオロオロするばかりだ。
「良いから掴まってろっ」「へい」「全く。何しに来たんだよ」
そう言われたからには、正直に答えるしかあるまい。
「いやぁ。そりゃぁ『釣り』しに?」「馬鹿かぁ?」「ねぇわw」
笑われても仕方あるまい。この船は見掛けは『漁船』だが、大漁旗は装備していない。じゃなくて、網も釣り竿も。あぁ口笛男が持ち込んだ『二本継の鮒竿』は別として。それもココでは役に立たぬ。
『キュィィィン』「全速力来るぞっ!」「うへぇ」「ナンマンダブ」
音がかなり高くなった。全てのエンジンが起動し、いよいよ秘められた能力が明かされる瞬間だ。チラっと窓の外を見れば、警備艇はいよいよ近くになり、既にチカチカと『停船命令』と思しき光が。
当然『止まる気ゼロ』なのでシカト。そもそも最初から見ていないから『イイセンセヨ』じゃぁ何を伝えたいのか判らん。
「今頃慌ててるだろうなぁ」「振り切れそうか?」「さよぉならぁ」
別れの挨拶を済ませると、警備艇を指さしながら振り向いて笑う。
「向こうが大人しくしていてくれたら、だけどなぁ」「おいおいぃ」




