海底パイプライン(三百二十一)
必死になって再生していると、画面が急に明るくなった。
思わず操作を止め『何が起きたのか』と直視する。すると、一人の人間が画面に映った。そしてすぐ消える。兎が逃げた格好だ。
「えっ、何? 誰か来たの?」「警備のモンだろ」「そうだろうけど、何で判った?」「んな俺が知るかよ」「でも、来るの早くね?」
兎が現れてから警備が現れるまでの時間を『再生時間』としたら、それは三十分程になる。と言うことは、毒ガスを潜り抜けて生き延びたとて、何かしようにも時間は殆ど無い。参考にさせて頂こう。
今この瞬間逆再生して、『センサーらしき物体の位置』を確認するのが得策には違いないし、そうすべきだ。
しかし誰一人として、それをしようとは言い出さない。
「おい、スゲェ勢いで逃げ回ってるぞ」「面白れぇな」「必死w」
現場に突入して来たのは一人ではなかったのだ。逃げ回るカメラの映像には、明らかに『複数の人物』が映り込んでいる。
一、二、三人? 四人目か。一体『兎一匹』に何人投入したのか。
「待て。コイツはさっき映ったのと同じ奴だろ。装備が違う」
最初は笑っていたのだが、段々と装備の方が気になっている。
兎なんか目じゃない。まるで『対人』と決め打ちしての『殺れる装備』ではないか。当然のことながら『撃つ気配』は皆無だが。
「これ『ガスマスク』じゃねぇの?」「やっぱ持ってんだよ」
背中のリュック。その横にあるガスマスクを指さしていた。
細長い管がリュックと繋がっている。当然中身は『酸素ボンベ』であろうことは、同じ『警備担当』としての解釈だ。
「こっちの奴もだな」「642って何だ?」「さぁ」「さっき647だったなぁ」「そんだけ『警備の人間が居る』ってことじゃね?」
適当な予想かもしれないが、それを否定する者はいなかった。
何しろ相手は『警備艇』を何隻も保有している巨大組織だ。硫黄島から川崎までの長大な『パイプライン警護』に、六百人が割り振られていたとしても違和感はない。それが全員『銃を携帯』していることに、若干の違和感があるだけだ。
「それでも『兎一匹捕まえられない』とはなぁ。ホラまた逃げた」「んな訓練、してねぇだろw」「俺達も『やれっ』て言われたらどうする」「今日の夕飯捕まえろぉ、てかぁ?」「いやぁメンドクセェ」「それは勘弁して欲しいなぁ」「でも、こうなる運命よ」「ハハハ」
自分達に不利な状況は『笑い』で吹き飛ばす。普段は顔に偽装迷彩を施して『戦闘訓練』をしているような奴らが『兎狩り』とは。
「これ、ずっと逃げ回ってんの? 面白れぇけど確認は出来ねぇな」
やっと我に返ったか。当初の予定では『擬態マンタ』を投機したら、速やかに海域を離脱。硫黄島から十分離れた所で本部へと送信する手筈となっていた。思わず一同顔を見合わせて苦笑いだ。
「おいおい。運転手ぅ」「何だよ。お前だって見張りだろぉ?」
互いに小突き合って任務に戻る。今日は天気も良くベタ凪だ。
ついつい映像に見入ってしまっていたが、それは仕方ないと言いたい。船が走り始めてしまったら、こんなに『揺れているシーン』なんて、まともに見ちゃいられないだろうし。
言い訳は後にして、とりあえずは本来の配置に着く。
『ブルルンッ』「一路帰還せよ」「これでやっと陸に上がれるよ」
気持ちは判らんでもない。『漁師のフリ』は心身共に疲れる。
「おいっ! 警備艇が見えるぞっ!」「なっ、なんだってっ!」




