海底パイプライン(三百十八)
えっちらおっちら。あれから何時間が経過しただろう。電動マンタは既に電池切れ。後は下に隠れた人力のみが頼りだ。
全く誰の設計なのか。次回は『鮫型』を強く推奨する。
「これ、行きも思いましたけど、帰りもキッツいすねぇ」「あぁ」
硫黄島からどれ位離れた? 返事する方だって息も絶え絶え。
振り返って確認したい所だが、残念ながら『遊泳モード』だと外が見られない。小さく表示された方位だけを信じて漕ぎ続けるのみ。
「そろそろ合流地点だと思うんだが。いい加減疲れたな」「どれ」
泳ぎながら『表示モード』を切り替えて、現在地を割り出す。
すると確かに『あと数百メートル』である。一キロは無い。
「確かに近いな」「スクリュー音、聞こえる? 聞こえるだろ」
半分は『希望』か。こっちが大変なのは母船も承知のはず。
見えたなら、向こうから近付いて来ても良い。何しろ『偽装漁船』なのだから。はいほらぁ。お魚さんですよぉ。美味しいですよぉ。
二人は足ひれを動かすのを止めて耳を澄ませた。しかし聞こえるのは、マンタの隅に当たった海水が『ピチャン』と鳴る音だけ。
「チキショー。居ねぇのかよっ!」「落ち着け。絶対居るから」
小さなLEDライトの下で、外も見えず『ただ泳ぐ』なんてやってられるか。精神崩壊の危機である。しかし二人だからまだマシ。
言われて我に返ったのか、それ以上叫んだりはしなかった。前後に並んでいるのもあるが、互いの顔を見て笑い合う気力もない。
再び足ひれを動かし始めたのが判って、再び前へと進み出す。
今はこうするしかないのだ。二度とやるもんか。
『ガッガガガッ』「うおっ!」『ガッガッ』「シッ」『うっ』
何の前触れもなく、突然マンタを叩いた奴がいる。
思わず声を上げてしまったが、急いで口を押えた。『味方であれ』と祈るばかりだ。所管である吉野財閥の奴らだったら命は無い。
では民間の漁船だったら? それも結局は同じ運命だ。
吉野財閥の奴らは『怪しい漂流物』に対し『高額の懸賞金』を掛けている。多勢に無勢。硫黄島まで連れて行かれて、引き渡されてしまうだろう。そうしたら『酒盛り』をするのは漁民の方だ。
「お疲れさーん。生きてるかぁ?」「大分流されたなぁ」
仲間の声に安堵して力が一気に抜けた。しかし『トビで殴られる』って、こんな感じだったのか。いずれにしても初めてのことだし、それで嬉しいと思ったのも初めてだ。
「いやぁ。二度とやらねぇ」「俺も」「まぁそう言うなよ」「ハハハ。良く戻ったなぁ」「ホントだよぉ」「で、どうだった?」
マンタの引き上げは母船の奴らに任せて、『潜入班』の二人はヘルメットを指さした。疲れて自分でも取れない。すると直ぐに回収。
「直ぐ確認しよう」「あぁ。俺も見たい」「何で? 現地で見てたんじゃねぇの?」「いやぁ、見りゃ判るけど、見れたもんじゃねぇ」
意味深に言うものだから、カメラを受け取った方が首を傾げている。しかし百聞は一見に如かずだ。見りゃ判るそうだし。どれどれ。
「ここが投入口?」「あぁ。指示通り開いたよ」「そこまでは順調」
映像が始まって直ぐ、カメラが立坑を落ちて行った。そして着地。
「あれ? 一号ってもう止まった?」「うん。割と直ぐだったなぁ」「これじゃ何も判らん」「一号はね。二号と三号の方は、まだマシ」




